神戸学院大学

総合リハビリテーション学部

社会リハビリテーション学科の藤田裕一准教授が担当する授業でNPO法人中央むつみ会の人たちと交流しました

2023/07/18

中央むつみ会の人たちとの交流会を開いた藤田准教授の授業
中央むつみ会の人たちとの交流会を開いた藤田准教授の授業
学生に質問を求める藤田准教授
学生に質問を求める藤田准教授
授業で体験談を話してもらったピアサポーターの鍜冶さん(右)と笠原さん
授業で体験談を話してもらったピアサポーターの鍜冶さん(右)と笠原さん
中央むつみ会で販売しているパンやクッキーなどを紹介する坂井代表理事
中央むつみ会で販売しているパンやクッキーなどを紹介する坂井代表理事
笠原さんが描いた啓発チラシのデザイン
笠原さんが描いた啓発チラシのデザイン

総合リハビリテーション学部社会リハビリテーション学科の藤田裕一准教授が担当する「精神保健福祉の原理Ⅱ」の授業で7月4日、受講している2年次生がNPO活動法人中央むつみ会(神戸市中央区)の人たちと交流しました。

同会は心の病を持つ当事者と家族が地域の中で気軽に集まり作業できる場として1981年に設立されました。2001年にNPO法人となり、中央地域活動支援センターや中央相談室の運営をしています。また、働くスキルを学び、訓練するためにパンやケーキ、クッキーなどの製造販売を実施する「ほっとすてーしょん」や、大安亭市場(中央区)の中の出張所「カフェ&ベーカリーふらわあぽえむ」を運営しています。

授業に参加してもらったのは同会代表理事で精神保健福祉士・社会福祉士の坂井宗月さん、精神障がいの当事者として同会「ピアサポーターズくらぶ」で相談などにあたっている鍜冶孝成さんと笠原健さんです。坂井さんによる法人の活動紹介ならびにビデオ視聴に続き、鍛冶さんと笠原さんからは貴重な体験談や希望、期待、社会に対するご意見を聞かせてもらうことができました。

■心の病の当事者でピアサポーターの2人から貴重な体験談と意見
鍜冶さんは神戸の大学を卒業して東京の大手メーカーに勤務していました。気分が激しく浮き沈みする双極性障害(最近は「障害」の表現を避けるため「双極症」とも言う)で入退院を繰り返し、特に躁(そう)状態では周囲との人間関係が崩壊し、「家族と自宅と仕事を失った」といいます。それでも最後に病院を退院した6年前からは一人暮らしを続けており、「スポーツ観戦などの趣味を楽しんでいます。読書は図書館を利用して年間100冊以上読みます」と語りました。「入院中やデイ・ケアで知り合った友人との交流も続けています」と、人との交流の大切さについても触れました。

笠原さんは複数の精神・神経疾患があり、さまざまな症状に対応する服薬治療を続けています。元々精神科の病院で作業療法士として働いた経験と、発病から19年かけて回復してきた経験を踏まえてピア・サポーターとして活動することになりました。「回復は、回復しきることはなく、波がありながら、ゆっくりゆっくり症状が良くなる感じ」と表現し、回復するのに大切なことは「自己内省すること」だといいます。「心を病むと『人生が終わった』『生きていても無駄だ』と自暴自棄になることが多く、その一方で福祉サービスなど助けとなる情報を知らないものです。情報の共有の手を差し伸べてほしいと思います」と希望を語りました。

■障がいのない人からしてほしいことは?
ある学生は、「私の父も身体障害者手帳1級を持っています。障がいのない人からこういうことをしてほしいということがありますか」と質問しました。鍜冶さんは「障がいの種類にもよります。精神疾患の人は一見障がいが分かりにくく、誤解されやすいです。がん患者なら病気が悪くてその人が悪いとは思われません。でも精神疾患では病気ではなくその人が悪いかのように言われ、病気のせいにするな、などと言われます。障がいをもっとフラットに見てほしいです」と答えました。

一方、笠原さんは、「机上での勉強と同時に障がいについて学び、知ってもらうことが基本でしょうか。アーティストとしての私の活動は、入院中から自分の思いを伝えたい。昇華したいという思いから始まりました。講演しても関係者しか集まりませんが、もっと一般の人に関心を持ってもらう場を築けないかと思いました。それで、三宮などの路上で自分のメッセージを書き、街の人々と会話しています」と答えました。

■障がいがあっても幸せだと思えること
また藤田准教授は「障がいがあっても幸せだと思えることは何ですか」と自身の研究テーマにも関連する質問を投げかけました。鍜冶さんは「急に入院したせいで予定していた会合に参加できず、世話役の人が困ったという話を聞き、自分も必要とされていること、待っている人がいてくれることが分かりました」と答えました。

一方、笠原さんは、「同じ疾患のある人だけでなく、一般の人にも分かってもらえる時間を持ちたいと思い、アーティスト活動を始めました。絵を描き、詩を作り、店の看板も頼まれました。(幸せなのは)人とのつながりがあることです」と答えました。