神戸学院大学

社会連携

土曜公開講座「震災と地蔵と長屋の歴史民俗学」を開催しました

2022/11/18

講演の様子 
講演の様子 
説明する森栗教授
説明する森栗教授
熱心に受講する様子
熱心に受講する様子

第84回神戸学院大学土曜公開講座を11月12日にポートアイランド第1キャンパスで開催しました。第5回目となる今回は、人文学部の森栗 茂一教授が登壇し、「震災と地蔵と長屋の歴史民俗学」と題し、約80人の受講者が聴講しました。

はじめに、神戸の地蔵と長屋のはじまりについて説明しました。神戸は昭和初期に日本の重工業の中心となり多くの労働者が集まったことで日本第三の人口になりました。それに伴い労働者のための長屋が増えていきました。しかし整備は行き届かず共同便所・共同井戸のため、体力のない子どもや高齢者中心に伝染病が広がり多くの人が病死してしまったことをきっかけに、供養のためにと住民と家主が長屋で地蔵を祀りはじめたと説明しました。

次に、神戸市長田区の長屋住宅と地蔵の歴史的な変化について説明しました。昭和25年に制定された「建築基準法」により幅員が4メートル以上ある道が道路として認められることになったため、長田区の長屋もセットバック(建築物の上層を引っ込ませること)され、生活は自動車優先に変わっていきました。それに伴い、長屋に祀られていた地蔵が道路のセットバックのために行き場を失うことになり、須磨寺に奉納されたり、セットバックされた家の側壁に道路に向けて埋め込まれたりと、祀られ方も変化していったと話しました。

最後に、長田区の長屋・地蔵と阪神淡路大震災について話しました。阪神淡路大震災で、長田区では多くの長屋がつぶれ、全壊した長屋もありましたが「地蔵のおかげで助かった」という地域住民の想いから、仮設住宅に地蔵を持っていきコミュニティの中で祀られました。また、震災後の再開発地にも地域の子どもや住民のためにと地蔵を祀ろうとする人々の動きにより、街角にも地蔵が置かれました。長屋で亡くなった方の供養のための地蔵から、子どもの守護や町内安全のための地蔵となり地域の連帯を強めるものになったと説明しました。また、今後もこのような共同の記憶を生かした暮らしぶりが必要であると締めくくりました。

受講者から「地蔵盆の道具も保管しています。時代が変わっても大切にしていきたいと思います。先生のお話を聞きいっそう身近に感じました」「昔の生活の語りが懐かしく、とても楽しかったです」「長く神戸に住みながら知らないことばかりで、非常に興味深かったです」といった感想がありました。

次回の第6回目は、11月19日開催の人文学部の三田 牧准教授による「自文化を客観視してみる―ミクロネシア島嶼地域との比較から」です。