男女共同参画推進室主催の「活躍する女性セミナー」で脇浜紀子・京都産業大学教授が講演しました
2026/06/26
男女共同参画推進室主催の「活躍する女性セミナー」が6月19日、ポートアイランド第1キャンパスで開かれ、元読売テレビアナウンサーの脇浜紀子・京都産業大学現代社会学部教授が「ひのえうまに生まれて…」と題して講演しました。
「ひのえうま」は60年に1度巡ってくる干支(えと)の組み合わせの一つで、今年がその年に当たります。「ひのえうまの年に生まれた女性は気が強い」との科学的根拠のない俗説が知られています。「女性がアグレッシブだなどと言われるようになった起源は1682年に八百屋お七が江戸で起こしたとされる放火事件をモデルに、井原西鶴が『好色五人女』の一話を創作したこととされる」と紹介。脇浜教授は、「ひのえうまの年に日本の出生率が前後の年に比べて落ち込む理由はこの(俗説の)ためかもしれません。しかし、今の少子化は当時よりはるかに厳しい」として、グラフで数値を示しました。
脇浜教授は1990年に読売テレビに入社。女性のアナウンサーとしての道を切り開き、報道、情報、バラエティーなどの番組に出演し、1991年から延べ10年、日本テレビ系列で放送された看板番組「ズームイン‼朝!」のキャスターも務めました。在職中に米国に留学して修士号を取得し、2010年には大阪大学大学院国際公共政策研究科で博士号も取得しました。2017年に早期退職して京都産業大学教授に転じました。
水害現場から携帯電話カメラでの撮影とリポートを1人でこなした様子のニュース映像など、体当たり取材の経験の数々を紹介してもらいました。
在職中の2001年に著した書籍「テレビ局がつぶれる日」(東洋経済新報社)の紹介では、「現場内部から見たテレビ局批判を展開しました」と述べました。デジタル構造改革のできない日本のテレビ局(当時)の危うさに警鐘を鳴らしたといいます。
講演の後半では、女性の役員や管理職が少ない民間の放送局の現状をデータで示し、各地の現場に移動しなくてはならない女子アナウンサーの業務が十分理解されず、撮影機材などと一緒に化粧ケースなどの必需品を運んでくれなかったことなど苦い思い出も語りました。
最後に6月12日に民間放送連盟(民放連)が公表した「民放業界におけるジェンダー平等推進のための提言」(全文はこちら)を紹介し、「民放自身の変革と役割の再確認が必要だ」との認識を示しました。
会場からは「化粧道具を運んでくれないなどと言えば、悪目立ちするということもあったと思います。どう乗り越えたのですか」と質問が出され、脇浜教授は「やがて後輩の女子アナも増えて、声が届くようになりました」と答えました。最後に学生へのメッセージとして「若いころにやったことが後々に役立ちました。中学時代の演劇、高校時代の野球のスコアブックの付け方、大学時代のダイビング、などすべて仕事に生かされました」と語りました。



