本学学部生・大学院生を対象に実施した「『森茂樹物語』を読んで感じたことを自由に表現してみよう」企画に、114作品の応募をいただきました。
厳正なる審査の結果、下記の通り、優秀賞を決定しました。

神戸学院大学で学生生活を送る中で、「森茂樹」という名前を目にする機会は何度もありました。しかし以前の私は、その名前の重みや意味について深く考えることはありませんでした。ただ「この大学を創った人」という認識にとどまり、正直なところ、あまり身近な存在とは感じていなかったのが本音です。今回、森茂樹について調べ、その人生や大学創設に込めた思いを知ったことで、神戸学院大学の見え方が大きく変わりました。
森茂樹は、教育に強い使命感を持った人物でした。彼が生きた時代、大学で学ぶことは決して当たり前のことではなく、家庭の事情や社会的背景によって、学びたい気持ちがあっても進学を諦めざるを得ない若者が多く存在していました。そのような状況の中で森茂樹は、「学問は一部の人のためのものではない」「学びたいと願う人に、学ぶ場を提供することこそが社会の役割である」と考えていました。この考えこそが、神戸学院大学創設の原点であったのだと思います。
大学を一から創るということは、簡単なことではありません。資金の問題、制度上の壁、周囲からの理解不足など、数え切れないほどの困難があったはずです。それでも森茂樹は、目先の利益や評価に左右されることなく、未来の学生の姿を思い描きながら、大学創設に情熱を注ぎ続けました。そこからは、「今」のためではなく、「これから先の社会」のために行動する強い覚悟が感じられます。
森茂樹が目指した教育は、単に知識を詰め込む教育ではありませんでした。彼が重視していたのは、人としてどう生きるかを考えられる力、そして社会の中で自立して行動できる人間を育てることです。その理念は、現在の神戸学院大学の教育方針にも色濃く反映されていると感じます。授業では、自分の意見を持ち、それを言葉にして伝えることが求められます。また、正解が一つではない問いについて考える機会も多くあります。こうした学びの姿勢は、森茂樹が大切にしていた「自ら考える力」を育てる教育そのものだと思います。
私自身、神戸学院大学での学びを通して、これまで以上に自分の考えを持つことの大切さを実感するようになりました。レポートや発表、ゼミ活動を通じて、「なぜそう思うのか」「自分はどう考えるのか」を問われる場面が多くあります。最初は戸惑うこともありましたが、考え続けるうちに、自分なりの答えを見つけることに意味があるのだと気づきました。この経験は、大学を卒業した後の人生においても、必ず役立つものだと思います。
また、神戸学院大学には、学生一人ひとりに寄り添おうとする姿勢が感じられます。学業だけでなく、進路や将来に対する不安について相談できる環境が整っており、「学生を置き去りにしない大学」であると感じる場面が多くあります。こうした環境は、森茂樹が掲げていた「学びを諦めさせない」という理念が、今も生き続けている証拠ではないでしょうか。
森茂樹の情熱は、決して過去のものではありません。それは、神戸学院大学という学びの場を通して、今を生きる私たち学生一人ひとりに受け継がれています。私たちが日々何気なく受けている授業や、当たり前のように使っている学習環境は、森茂樹の強い信念と努力の積み重ねの上に成り立っています。
神戸学院大学で学ぶ一人の学生として、森茂樹の「学びたいという気持ちを大切にする」という思いを知ることができたことは、大きな意味を持ちます。これから社会に出て、困難に直面することがあったとしても、学び続ける姿勢を忘れずに生きていきたいです。それこそが、森茂樹が神戸学院大学に込めた情熱に応えることなのだと思います。

私が将来、中学校社会科教員を志しているのは、生徒一人ひとりの個性を大切にし、それぞれが自分の力に気づき、伸ばしていける教育を実現したいと考えているからである。社会科は、歴史・地理・公民を通して、社会の成り立ちや人々の営みを学ぶ教科であるが、それは単なる知識の暗記にとどまるものではない。現代社会は価値観が多様化し、正解が一つに定まらない課題も数多く存在する。だからこそ、生徒には、自ら考え、他者の意見を聴き、対話を通して答えを見いだしていく力が求められている。私は、社会科の授業をその力を育む場にしたいと願っている。そのために、「教えること」以上に「聴くこと」を大切にし、生徒の声に寄り添う教員になりたいと考えている。
この教育観を育む上で、私に強い影響を与えたのが、神戸学院大学での学び、そして創立者・森茂樹の人生である。森の人生を詳しく知る中で、私が最も心を打たれたのは、順風満帆とは程遠い人生を歩みながらも、常に「人を育てること」に希望を見いだし続けた姿であった。厳しい家庭環境に生まれ、決して恵まれた環境で育ったわけではない森は、それでも学ぶことを諦めず、自身を支えてくれた母の「教育への信念」を胸に刻みながら努力を重ねていった。彼が学問の道を究め、多くの困難を経て大学創設という大事業に挑んだ背景には、「教育こそが人の人生を変える力を持つ」という揺るぎない確信があった。その姿は、「環境に左右されず、志を持ち続けることが人生を切り拓く」という強いメッセージを私に伝えてくれた。
森茂樹の生い立ちに触れ、私は「良い教育とは何か」について改めて考えさせられた。特に印象に残ったのは、母・わさの教育にかける並々ならぬ情熱である。夫を亡くし、厳しい生活の中にありながらも、娘たちを高等女学校、さらには東京の専門学校へ送り出し、息子には森家を背負う者として自立と向上心を徹底して教え込んだ姿からは、経済的困難を超えて「人を育てること」を最優先に考える強い覚悟が伝わってくる。着る物を切り詰め、淡路の家を売却してまで教育資金を捻出したという事実は、教育が人生を切り拓く唯一の道であると信じ切っていた証であり、深い感銘を受けた。
また、わさが茂樹に語り続けた「謙譲な心」と「奮闘し発展する精神」は、単なる学力重視ではなく、人としてどう生きるかを見据えた教育であったと感じる。知識や成績のみではなく、努力する姿勢と他者を尊重する心を育てることこそが、本当の教育なのだと考えた。
神戸学院大学は、まさにこの精神を受け継ぐ大学である。私はここでの学びを通して、知識以上に、人の話に耳を傾ける「傾聴力」と、相手の立場を想像する「想像力」の大切さを実感してきた。他者の意見を尊重しながら自分の考えを深める学習経験は、将来、中学校教員として生徒と向き合う際の大きな支えになると感じている。
教員を目指す私は、わさの生き方から、「良い教育とは、子どもの可能性を信じ、困難な中でも成長の機会を与え続けること」だと学んだ。生徒一人ひとりが自分の力に気づき、自信をもって未来へ進めるよう、私は言葉をかけ、耳を傾け、支え続けたい。森茂樹の原点にある母の教育への信念に触れたことで、私自身の教員としての使命はより明確になった。神戸学院大学で学んだことを生かし、心を育てる教育者として教壇に立つことが、私の目標である。
私はこの森の生き方に触れ、「自分の置かれた状況を言い訳にしない」という生き方を学んだ。人は環境や条件のせいにすれば、挑戦を諦める理由を簡単に見つけてしまう。しかし森は、そうした状況の中にあっても、自らの志を失わなかった。私自身、これまでの人生の中で、不安や迷いから挑戦をためらったことが何度もある。しかし森の人生を知り、「志さえあれば、人は何度でも前に進める」ということを、強く感じるようになった。
また、「夢を追い続けるとはどういうことか」を深く考えさせられた。資金繰りに苦しみながらも学内に泊まり込み、教職員と語り合い、大学の未来のために奔走し続けた姿は、すでに高齢であるにもかかわらず、決して歩みを止めなかった人の生き方そのものであった。体力の限界を迎え、病に倒れてなお、最期に口にした言葉が「薬学部を頼む」であったことに、彼のすべてが凝縮されているように感じた。自身の命よりも大学の発展を願ったその姿勢からは、「夢は個人のためだけのものではなく、後に続く人々の未来につながる使命なのだ」という強い思いが伝わってくる。
森は三十四歳のころ、「どうしても横道にそれられない狭く険しい道より歩けない。大道に出るまで、後戻りはできない」と記している。夢に向かう道が楽ではないことを知りながらも、自ら険しい道を選び続けた彼の人生は、まさに夢半ばで歩き続ける生き方であった。努力と苦労の積み重ねを「労苦が悦楽とも思われる」と語れるほど、夢への歩みを受け入れていたことに、私は強く心を打たれた。
私自身、将来中学校教員になるという夢を追う中で、勉強や実習、課題に押され、心が折れそうになることがある。思うように成果が出ず、自信を失う時、「この道を選んでよかったのだろうか」と迷うこともある。しかし、そんな時こそ、森茂樹の生き方を思い返したい。彼もまた、思い描いた理想と厳しい現実との間で悩み、苦しみながら、それでも前へ進むことをやめなかった。夢の完成を見ることなく亡くなりながらも、その志は周囲の人々に受け継がれ、薬学部の開設という形で実を結んだ。夢は、一人の力では終わってしまうことがあっても、信念をもって歩き続ければ、必ず誰かの手へと渡り、未来へつながっていくのだと考える。
私は、夢の途中で立ち止まりたくなったとき、森の生き方を心の支えとしたい。結果だけを急がず、目の前の努力を誠実に積み重ねること。たとえ思うように進まなくても、歩み続けることで夢は次の世代へと受け継がれていく。その姿勢を、教師として生徒にも伝えられる人間になりたい。夢半ばでも、前を向いて歩き続けることこそが、未来を切り拓く力になると、森茂樹の人生は私に教えてくれている。
神戸学院大学での学びの中で、私は「傾聴力」と「想像力」の大切さを身をもって実感した。ゼミやディスカッション、模擬裁判では、異なる考えをもつ仲間と何度も議論を重ねた。最初は、自分の意見を主張することに意識が向きがちであったが、次第に「相手の話を最後まで聴く」「相手の立場に立って考える」という姿勢の方が、対話をより深い学びへと導くことを知った。自分と異なる価値観に出会うたびに、単に否定するのではなく、なぜそう考えるのかを想像しながら聴くことで、自らの視野が大きく広がっていったのである。
この姿勢は、森茂樹の人生とも重なって見えた。森は、研究者として世界と向き合う中で、異なる文化や価値観に触れながらも、常に人の意見に耳を傾け、受け止める姿勢を失わなかったという。その態度こそが、のちに多くの人々の協力を得て大学創設を実現する原動力になったのだと、私は感じた。「人の話を真剣に聴ける人こそ、多くの人に支えられる」という事実を、私は森の人生から学んだ。
これらの学びは、教師を志す私の教育観を確かなものにした。教室には、活発に発言できる生徒だけでなく、発言が苦手でも心の中で深く考えている生徒もいる。私は大学での経験から、「声の大きさと、学びの深さは必ずしも比例しない」ということを理解するようになった。教師として大切なのは、発言の有無ではなく、すべての生徒の思考過程に気づき、それを価値づけていく姿勢であると考えている。ノート記述や作品、表情の変化、授業後の小さな相談など、あらゆる場面で生徒の声を聴き取り、学びを支えていきたい。
想像力もまた、社会科を教えるうえで欠かすことのできない力である。歴史学習では、出来事の裏にある人々の悩みや決断を想像することで、学びは生き生きとしたものになる。地理では、自然条件や産業の特色を暮らしの視点から捉え、遠い地域の出来事を自分の生活と結び付けて考えさせたい。公民では、社会問題を題材に立場の違いを理解し、合意形成の難しさと必要性を考える授業を展開したい。私は、生徒が事実の暗記で終わらず、「考え続ける学び」に向かえるよう導いていきたい。
教員となった際には、神戸学院大学で培った傾聴力と想像力を、教室の中で実践に移す。グループ討議、ICTを活用した意見共有などを積極的に取り入れ、すべての生徒が自分の考えを安心して表現できる学習環境を整える。また、私自身が生徒一人ひとりの言葉に耳を傾け続けることで、クラス全体が互いを尊重する雰囲気に包まれる学級づくりを進めたい。
森茂樹の人生は、「自分一人の成功で終わらず、次の世代の未来のために生きることの尊さ」を私に教えてくれた。私は、この教えを自分の人生にも重ね合わせ、教員としてだけでなく、一人の人間としても、他者の可能性を信じ続けられる存在でありたいと願っている。
神戸学院大学での学びと、森茂樹の歩みから得た教訓は、これから歩む私の人生の道標である。目の前の一人の生徒の声に耳を傾け、その可能性を伸ばし続ける中学校社会科教員になることこそが、森の志を受け継ぎ、神戸学院大学で得た学びを社会へと還元することが、私自身の使命であると考えた。

【キャッチコピー】
一人の息子の「親孝行」が、一万人の「大道」になった。
【作品に込めた思い】
本学の魅力は、単なる知識の習得場所ではなく、創設者・森茂樹の「命の執念」の上に成り立っている点にあると考えます。
森茂樹物語を読み、私の心を最も揺さぶったのは、この巨大な総合大学の始まりが、はだしで働く母の背中を見て育った少年の「親孝行がしたい」という極めて純粋で個人的な愛であったことです。その想いは、70歳を過ぎてなお自宅を抵当に入れ、死の直前まで「頼む、頼む」と後進に託し続けた凄まじい歩みとなりました。
森茂樹が人生をかけて切り拓き、私たちが今歩んでいるこの「大道」こそが、本学の誇るべきアイデンティティです。創設者が命を削って繋いでくれたバトンと、個性を尊重し自立を願う情熱が、今もキャンパスの隅々に脈打っていること。その泥臭くも美しい歴史の重みを、この一文に込めました。

大学とは、何を学ぶ場所なのだろうか。
高校までの「決められた正解を覚える学び」とは違い、大学では自分で問いを立て、自分で考え、自分なりの答えを探していく。その過程の中で、人は知識だけでなく、生き方そのものを学んでいくのだと思う。私が神戸学院大学で学ぶ中で強く感じているのは、この大学が「学ぶ人そのもの」を大切にしている場所だということだ。
神戸学院大学の魅力は、学生一人ひとりに目を向ける姿勢にある。少人数制の授業や、教員との距離の近さ、学生の挑戦を後押しする環境は、「大学だから仕方ない」「自己責任で終わらせない」温かさを感じさせる。学業だけでなく、進路や将来についても、正解を一方的に与えるのではなく、「自分で考えること」を尊重してくれる。その姿勢は、大学全体の空気として確かに存在している。
この大学の在り方を支えている根本には、創設者・森茂樹の存在がある。
『森茂樹物語』を読んだ私は、彼を単なる大学の創設者ではなく、「学ぶことを諦めなかった人」だと感じた。
森茂樹の人生は、決して順風満帆なものではなかった。恵まれた環境に生まれたわけでもなく、困難や壁に何度も直面しながら、それでも「学びたい」「学びの場をつくりたい」という思いを手放さなかった。その姿から伝わってきたのは、知識への執着ではなく、人が学ぶことそのものへの信頼だった。
特に心に残ったのは、学びの機会は一部の恵まれた人だけのものではない、という森茂樹の考え方である。経済的な理由や環境によって学ぶことを諦めざるを得ない人がいる現実を前に、それでも「学びたい」という気持ちを持つ人にこそ、学ぶ場が必要だと彼は信じ続けた。その信念が、神戸学院大学という形となり、今も多くの学生を支えている。
私はこれまで、大学生活の中で何度も迷ってきた。将来何をしたいのか分からない不安、自分には何ができるのかという焦り、周囲と比べて落ち込む気持ち。答えが見えない中で立ち止まりそうになることもあった。しかし神戸学院大学では、「迷うこと」そのものが否定されることはなかった。
授業やゼミ、学生生活を通して感じたのは、「未完成であることを許される場所」だということだ。すぐに結果を出せなくても、失敗しても、考え続けること自体に価値があると伝えてくれる環境が、ここにはある。その空気は、偶然生まれたものではない。森茂樹が信じた「人は学びによって変わる」という考えが、今も大学全体に息づいているのだと思う。
もし森茂樹が、効率や成果だけを重視する人物だったなら、神戸学院大学は存在していなかったかもしれない。大学を経営するという観点だけで見れば、困難な選択も多かったはずだ。それでも彼は、「学びたい人を支える」という情熱を選び続けた。その決断の積み重ねが、今の神戸学院大学を形作っている。
私は今、その情熱の延長線上で学んでいる。
講義を受け、レポートに悩み、将来について考え続ける日々は、決して楽なものではない。しかし、その一つひとつが、自分の人生を自分で選び取る力につながっていると感じている。
神戸学院大学は、完成された人材を生み出す場所ではない。むしろ、迷いながら、悩みながら、自分なりの道を探すことを許してくれる場所だ。その在り方こそが、森茂樹が神戸学院大学創設にかけた最大の情熱なのだと思う。
『森茂樹物語』を読み終えたとき、私は「この大学で学べていること」そのものが、決して当たり前ではないのだと気づかされた。学ぶ機会を信じ、学ぶ人を信じ続けた一人の人物の想いが、今の私の学びにつながっている。
私はこれからも、迷いながら学び続けるだろう。その時、森茂樹が信じた「学びの力」を思い出したい。
神戸学院大学で学んでいることを、私は誇りに思っている。