住み慣れた地域で、その人らしい暮らしを支える臨床・研究・地域をつなぐ理学療法
住み慣れた地域で、その人らしく暮らせる人を増やしたい
私がめざしているのは、年齢を重ねても、住み慣れた地域でその人らしく暮らし続けられる人を増やすということ。「理学療法」と言うと、病気や怪我をした後に病院で受けるリハビリテーションを思い浮かべる方が多いかもしれません。しかし、私はそれだけが理学療法の役割ではないと考えています。身体機能が大きく低下してから支援するのではなく、元気なうちから身体の変化に気づき、生活機能の低下を防ぐことも理学療法の大切な使命です。
現在、私は地域住民の健康診査(健診)や体力測定などで得られたデータを活用し、膝や腰の痛みに関係する生活習慣や、痛みとフレイルとの関係、外出への自信と日常生活の活動との関係などを研究しています。膝や腰の痛みについて調べる際には、遺伝のように変えることのできない要因ではなく、肥満や生活習慣など改善できる要因に着目しています。こうした改善できる要因が明らかになれば、痛みの予防につながる可能性があるからです。また、痛みがあると外出を控えたり、人との交流が少なくなったりし、それが身体機能の低下につながる場合もあります。そのため、筋力や歩行速度といった数値だけではなく、その人がどのような生活を送り、地域で暮らし続けられるかという視点を大切にしながら研究を進めています。
数々の臨床経験で抱いた疑問が研究の原点に
私が理学療法士をめざしたのは、祖父が脊髄損傷でリハビリテーションを受ける姿を見たことがきっかけでした。大学で理学療法を学ぶなかで、「この分野では、まだ十分に明らかになっていないことが多い」と感じ、研究にも関心を持つようになりました。
卒業後は急性期病院で理学療法士として勤務しながら大学院で学び、臨床経験を積み重ねました。夜間や休日にはクリニックで、保存療法における理学療法にも携わり、多くの患者さんを支援してきました。今でも当時の患者さん一人ひとりの姿を思い浮かべられるほど、その経験は私にとって大きな財産です。人生の先輩である患者さんから多くを学び、膝の痛みや腰痛への介入にも関心を持つようになりました。そのなかで、それぞれ異なる生活背景や価値観に触れ、同じ病気でも生活環境が違えば必要な支援も変わることを実感。目の前の患者さんに、より良い理学療法を提供するためには、経験だけではなく科学的な根拠に基づいた判断が必要だという考えが次第に強くなっていきました。
一方、多くの論文を読むうちに、「研究にも質の違いがある」という現実にも気づきました。「どの研究結果を、どこまで信頼すればよいのか」を判断し、人を対象とした研究を適切に行うためには、EBM(根拠に基づく医療)の基盤となる疫学を学ぶ必要があると考えるようになりました。当時は、多くの病院や施設からデータを集め、理学療法に関する信頼性の高いエビデンスを生み出し、それをリハビリテーションの現場へ還元したいと考えていました。そこで、疫学や多施設研究(複数の病院・施設が協力して行う研究)について学ぶため、公衆衛生学を専門とする医学系の大学院へ進学しました。
大学院では、地域住民を対象とした健診や調査に携わりながら、疫学の考え方や研究方法を学びました。そこで、多くの人のデータから地域全体の健康課題を捉える視点を身につけるとともに、理学療法士の知識や技術は、病院でのリハビリテーションだけでなく、地域の健康づくりにも生かせることに気づきました。
振り返ると、臨床で培った「一人の生活を見る視点」と、疫学で身につけた「多くの人のデータから地域の課題を見る視点」が、今の研究の土台になっています。一人の患者さんへの支援と、地域全体の健康づくり。その両方を大切にしながら、より多くの人が住み慣れた地域で自分らしく暮らし続けられるための研究を、これからも続けていきたいと考えています。
地域や行政とつながり、継続的に行う「健康づくり」
今、私が特に力を入れているのが、大阪府八尾市との連携による地域での健康づくりです。
八尾市とのご縁は、大学院時代に地域住民を対象とした健診へ参加したことから始まりました。疫学の研究方法を学ぶだけでなく、行政や地域住民の方々と信頼関係を築きながら、一緒に健康づくりを進めていく姿勢を教えていただいたことは私の原点になっています。現在、八尾市保健所長・健康まちづくり科学センター総長を務める北村明彦先生からも、研究だけでなく、地域との関わり方について多くを学ばせていただきました。
神戸学院大学に着任後、北村先生からお声がけいただいたことをきっかけに協議を重ね、2024年、本学と八尾市が「市民の身体活動の促進に係る八尾市健康まちづくり共創協定」を締結しました。私にとって、この協定はゴールではなく、地域と大学がともに健康づくりを続けていくための出発点です。研究でお世話になった地域へ、研究成果や学生の学びを目に見える形で還元したい。そうした想いが、この取り組みの原動力になっています。
協定のもとで実施している「公園てくてく健康づくり教室」では、市内の公園を活用しながら、地域住民の皆さんが無理なく体を動かせる機会をつくっています。公園という身近な場所は、運動だけでなく、外出や人との交流のきっかけにもなります。私は「健康づくり」というものは、特別な場所へ通って頑張るものではなく、毎日の暮らしのなかで自然と続けられるものであってほしいと考えています。
この活動では、学生も企画や運営に主体的に関わっています。教室づくりを通して、教科書で学んだ知識を地域の現場でどのように生かすかを、実践的に学んでほしいと考えています。それぞれの地域には、年齢も体力も生活背景も異なる方が暮らしていますので、相手に合わせて言葉を選び、運動の方法を工夫し、安心して参加していただける環境をつくることが欠かせません。住民の皆さんとの交流を通して学生自身が「伝える力」や「相手を理解する姿勢」を学んでいくことも、この教室の大きな目的です。さらに、保健師や行政職員、地域包括支援センターの職員など、普段の臨床では接する機会が限られる方々と一緒に活動することで、それぞれが地域で果たしている役割を知るとともに、理学療法士は病院だけでなく地域でも大きな役割を果たせることを学生に感じてもらいたいと思っています。
また、この取り組みで大切にしていることは、「教室を開いて終わり」にしないこと。参加された方がその後も公園を利用しているのか、身体活動や生活にどのような変化が生まれたのかを継続的に確かめ、その結果を次の取り組みに生かしたいと考えています。人の行動を変えることは簡単ではありません。だからこそ住民の皆さんの声に耳を傾けながら、地域とともに続けられる仕組みを育てていきたい。健康づくりは住民・行政・大学が一緒につくるものなのです。
地域で得られたデータを分析し、その成果を再び地域へ返していく。私は、その積み重ねが、より良い健康づくりにつながると信じています。今後は、八尾市で得られた知見をほかの地域にも広げながら、年齢を重ねても安心して外出し、人とつながり、その人らしく暮らし続けられる社会づくりに貢献していきたいと考えています。これからも皆さんとともに、一つひとつ学びを積み重ねていきたいと思います。
Focus in Lab
公衆衛生学や疫学、医療統計などの授業を担当しています。名前を聞くと難しく感じるかもしれませんが、いずれも人々の健康を科学的な根拠に基づいて考えるために欠かせない学問です。
授業では、計算式や専門用語を覚えることだけを目的にはしていません。ニュースや身近な健康情報を題材に、「本当にそう言えるのか」「その数字はどのように集められたのか」と考えることを大切にしています。健康情報があふれる時代だからこそ、根拠を見極め、患者さんや地域住民の方にわかりやすく伝える力が必要だと考えているからです。
ゼミでは、八尾市での「公園てくてく健康づくり教室」への参加をはじめ、学生が地域や臨床の現場で感じた疑問を出発点に、研究テーマを考え、データの収集や分析、発表までを経験します。私が学生によく伝えているのは、「データの向こうには必ず一人ひとりの暮らしがある」ということです。数字だけを見て結論を出すのではなく、その背景にある生活や価値観にも目を向けながら考えてほしいと思っています。
また、私が学生に身につけてほしいのは、「疑問を持ち続ける姿勢」です。目の前の出来事を当たり前と思わず、「なぜだろう」と考え、その疑問をデータや科学的な根拠をもとに確かめていく。その積み重ねが、より良い理学療法や健康づくりにつながります。
卒業する時点で、すべてを知っている必要はありません。わからないことに出合ったときに学び直し、多様な立場の人と協力しながら、より良い方法を探し続けられる人になってほしい。そして、大学で学んだ知識、研究で培った視点、地域での経験を結び付けながら、人々の健康を支えられる理学療法士を育てていきたいと考えています。
プロフィール
学歴
| 2007年 -2009年 |
神戸大学大学院 医学系研究科保健学専攻 博士前期課程 修了 |
|---|---|
| 2014年 -2019年 |
大阪大学大学院 医学系研究科 博士課程 修了 |
経歴
| 2007年 -2017年 |
神戸掖済会病院 |
|---|---|
| 2017年 -2018年 |
神戸国際大学 リハビリテーション学部 助教 |
| 2018年 -2021年 |
大阪医科大学 医学部 助教 |
| 2021年 -2025年 |
神戸学院大学 総合リハビリテーション学部 助教 |
| 2021年 -2022年 |
大阪大学大学院 医学系研究科 公衆衛生学教室 特任研究員 |
| 2022年 -2023年 |
大阪がん循環器病予防センター 研究員 |
| 2023年 -2025年 |
近畿大学 医学部 公衆衛生学教室 研究員 |
| 2025年- | 神戸学院大学 総合リハビリテーション学部 講師 |
| 2026年- | 近畿大学 医学部 非常勤講師 |
学位
2020年 大阪大学 医学研究科 博士(医学)
