学生や教職員、地域がつながる「する・みる・ささえる」神戸マラソンへ
「これだけ練習すればマラソンを完走できる」「自分も挑戦してみよう」につなげるために
私は中学で長距離陸上を始め、高校を経て、中学時代の恩師が陸上部の監督を務めていた神戸学院大学に進学しました。大学では女子駅伝競走部に所属し、競技に打ち込む日々を過ごしていました。大学2年次生のときには恩師の勧めでフルマラソンに初挑戦し、その奥深い魅力に強く惹かれ、第1回神戸マラソン(2011年)に出場して女子優勝という結果を残すことができました。
フルマラソンの自己ベストは2時間33分55秒です。その後も神戸を始め、日本各地や海外で開催されるマラソン大会に出場し続け、2025年に開催された神戸マラソンではフルマラソン59回目の出場となりました。次回は通算60回目でいわゆる「マラソン還暦」となり、海外の大会に挑戦しようかと考えています。
現在は神戸学院大学共通教育センターの准教授として、本学の一部の学生が2年次から副専攻として選択できる「スポーツサイエンス・ユニット(※)」において、講義やゼミを担当しています。
私の主な研究テーマは、「どれくらいの練習量でフルマラソンを完走できるようになるのか」という数値を明らかにすることです。先行研究では、学生を対象にした調査データしかなく、一般の市民ランナーに関するデータは十分とは言えませんでした。そこで、一般の方々のデータを収集・検証し、次につなげる研究に取り組んでいます。この調査によって得たデータを皆さんに還元することでフルマラソン完走への道のりを感じてもらい、「自分も挑戦してみよう」と、マラソンへの一歩を踏み出すきっかけにしてほしいと考えています。
また、マラソン初心者の女性を対象に、女性ランナー特有の不安や悩みに寄り添いながら、マラソンの知識と実践を基礎から学ぶ「レディスランニングクリニック(以下、ランクリ)」に第1回(2011年)から携わっています。ランクリでは参加者の皆さんにアンケートを実施して、練習期間や睡眠時間など、ランニングへの取り組みから普段の生活までのデータを収集するとともに、その結果を参加者へ還元するという活動を継続してきました。開催から4~5年で約100人分のデータが集まり、これらの蓄積されたデータの分析結果のフィードバックを通じて、マラソン初心者の方が「これくらい頑張れば完走できるかもしれない」という前向きなモチベーションを持つことを第一の目標としています。そして、マラソンを楽しむ市民ランナーを、さらに増やしていきたいと思っています。
※スポーツサイエンス・ユニット:学部にとらわれず幅広い学びを身につけることができる「学際教育機構」のひとつとして、スポーツを通じて人間形成を図り、スポーツの知識やスキルを活かした進路を想定したコース「スポーツマネジメントユニット」が2006年に開設。「スポーツサイエンス・ユニット」は、この後継として2017年春からスタート。地域との結びつきを重視し、実践的な講座を数多く組み込んでいるのが特徴。
マラソンは「する」だけでなく「みる」「ささえる」という関わり方も
私自身、マラソンは「する」「みる」「ささえる」という三つの関わり方ができるスポーツだと考えています。
これまでお話ししてきた取り組みは、主に「する」ことを後押しするためのもので、ランナーが増えればマラソンはさらに盛り上がるでしょう。日本は欧米諸国と比べると女性ランナーの割合が高いとは言えません。だからこそ、女性ランナーに特化した取り組みを通じて女性ランナーを増やし、ランニング文化全体の活性化につなげていきたいと考えています。
一方で、マラソンを「みる」「ささえる」人を増やすことも大切です。私自身、長年フルマラソンを走るなかで、年々「しんどいな」と感じる場面も増えてきました。しかし、マラソンとの関わり方は走ることだけではありません。例えば、ボランティアとして大会をささえるなど、人それぞれに多様な関わり方があります。マラソンと地元・神戸の街をより一層盛り上げるために、まだまだできることがあるのではないか。神戸マラソンが多くの人に愛され、本学の学生も「いいね」と感じて足を運ぶようなイベントになっていく。これからも、その一員として行動し、発信し続けていきたいです。
本学のスポーツサイエンス・ユニットでは、2年次生が神戸マラソンのボランティア活動に参加しています。開催年度によってボランティア内容は異なりますが、スタートブロックでの手荷物預かり、給水の配布、フィニッシュブロックでは完走メダルやタオルの配布などを担い、これらには栄養学部やグローバル・コミュニケーション学部の学生も参加しています。また、救護ボランティアや固定AED隊には総合リハビリテーション学部、現代社会学部(社会防災学科)、薬学部の学生を中心に多くの学生が携わってきました。さらに、沿道やフィニッシュエリアなどでランナーへの声援を送る学生の姿も見られ、2025年度には学生放送局員の司会で応援のパフォーマンスや演奏もありました。
私は、こうした多くの学生が懸命に活動している姿を見ながらマラソンを走っていますが、往路では気づかない学生も多いため、「おーい!」と私から呼びかけて「あ、先生!」となることも(笑)。復路では、学生の「先生、頑張って!」の応援に「しんどい―!!」と元気よく弱音を吐いて走るなど、学生との距離の近さを感じるひとときになっています。
マラソンへのきっかけを作ってくださった恩師や市民ランナーとの出会いがターニングポイントに
私が市民ランナーの方々の指導に携わり始めたのは大学院修士課程のときでした。ランニング学会が主体となって全国の各都道府県にランニングチームを立ち上げる取り組みがあり、その際に、私が長距離を走るきっかけとなった恩師の西川美代子先生がチーム運営を依頼されたことをきっかけに市民ランナーの方々と触れ合うようになりました。
それまでの私は、タイムを縮めることや全国大会をめざすことなど、「競技」としてのマラソンの楽しさしか知りませんでした。しかし、市民ランナーの方々と接するなかで「ホノルルマラソンを走ってみたい」「完走して仲間と打ち上げで楽しみたい」といった声を聞き、マラソンには多様な楽しみ方があるのだと気づかされました。私が競技に対するしんどさを感じ始めていた時期だったからこそ、その価値観への気づきは非常に大きなものでした。
振り返ると、私がマラソンに挑戦するきっかけをくれたのも西川先生です。当時、大学生がフルマラソンを走ることは一般的なことではありませんでした。初めて走ったのは名古屋国際女子マラソンで、仕事や家事、育児などの合間を縫って練習を重ね、厳しい基準を突破した女性ランナーたちも多く集まる大会です。そんな女性たちが走る姿を間近で見ることで、駅伝競技にだけ打ち込める自分たちが、いかに恵まれた環境にいるのかを知り、競技への向き合い方を見つめ直す機会にもなりました。初マラソンでは2時間59分でゴールすることができ、「意外と自分はマラソンが走れるのかもしれない」と感じたことを今でもよく覚えています。そのときの「楽しかった!」という感覚が、私がマラソンを続ける大きなターニングポイントになりました。
神戸マラソンを軸に、学生や教職員、地域が関わり合える場を広げていきたい
私が担当している1年次生向けの一般教養科目(スポーツ科学分野)では、運動の大切さや健康管理といった知識に加え、マラソンを始めとするスポーツ文化の楽しさや奥深さを知ってもらうことを大切にしています。大学ではスポーツの授業が選択制になるため、運動から遠ざかってしまう学生も少なくありません。しかし、走ることは誰かと競うものではなく、自分のために自分のペースで続けられるものです。そこで、体育が苦手だった学生にも「意外と自分にもできるかもしれない」と感じてもらえるような授業を心がけています。実は私自身、学生時代の体育の成績は決して良い方ではありませんでした。それでも、走ることだけは継続してきました。運動を続けることが病気の予防やメンタルヘルスの向上につながり、人生をより豊かにしてくれるものだと感じているからこそ、運動すること、特に誰でも取り組みやすい「走る」ことの素晴らしさを今後も訴求していきたいと思っています。
スポーツサイエンス・ユニットには、さまざまな学部から学生が集まります。競技経験のある学生だけでなく、スポーツを「みる」「ささえる」立場に関心を持つ学生も多くいます。副専攻でありながら、ゼミや卒業論文はスポーツサイエンス・ユニットで行い、それらを通して多様な視点からスポーツを捉え、社会に出てからもスポーツの価値や楽しさを自分の言葉で伝えられる人材の育成に力を入れています。
今後は、これまで続けてきたレディスランニングクリニックの取り組みをさらに多くの方に知ってもらい、走ってみたいけれど一歩を踏み出せない女性たちの背中を押していきたいと考えています。最近では、マラソン中のトイレの回数、どれぐらいの睡眠で完走しているか、それまでにどんな運動習慣があったかといった練習量以外のデータもさらに細かく収集しています。また、1年目は完走できなかったものの、2年目に完走できたケースについても研究を進めています。
そして、神戸マラソンを軸に学生や教職員、地域が関わり合える場を広げていくことも目標の一つです。マラソンを通じて人と人がつながり、学内外に新しい輪が生まれていく。そんな環境づくりに取り組んでいきたいと思います。
Focus in Lab
上谷ゼミでは「マラソン」を切り口にさまざまな学びを深め、各自が興味のあるテーマを研究することを目標に、アカデミックライティングの基礎を学びながら、文献の探し方や引用方法、データの扱い方など、卒業研究に必要な力を段階的に身につけていきます。
2年次生の前期では、「マラソンをする人の走る理由は?」といった問いを立てるところから始め、関連文献を調べながらブレインストーミングを行います。その成果は、神戸マラソンをテーマにした“新聞”としてまとめます。完成した新聞は、「レディスランニングクリニック」に掲示され、参加者の方々に読んでもらいます。「モチベーションが上がった」「こんな楽しみ方があると知った」といった反応が返ってくることもあり、学生にとっては自分たちの成果が社会とつながる実感を得られる機会になっています。
そして後期では、スポーツサイエンス・ユニットの学生が全員、神戸マラソンにボランティアとして関わります。前期のゼミ活動をきっかけに、少しでも意欲的に大会へ参加する取り組みになればと思います。
そして卒業論文は、それぞれが関心のあるテーマを深めてまとめていきますが、テーマは運動や健康、スポーツ文化といった広い枠組みの中で設定してもらいます。
マラソンやスポーツを軸に、学術研究と社会との関わりを両立させることが当ゼミの学びの特徴です。
プロフィール
学歴
| 2004年 | 神戸学院大学 卒業 |
|---|---|
| 2006年 | 神戸学院大学 修士 修了 |
| 2009年 | 神戸学院大学 博士後期 修了 |
経歴
| 2017年 -2020年 |
天理大学 国際学部地域文化学科 専任講師 |
|---|---|
| 2020年- | 神戸学院大学 共通教育センター 准教授 |
学位
2009年 博士(人間文化学)神戸学院大学
