微粒子コーティング技術で患者さんを「幸せ」にする薬を開発するin Focus

神戸学院大学のSocial in ~地域社会とともに~ 微粒子コーティング技術で患者さんを「幸せ」にする薬を開発する(市川 秀喜/薬学部 薬学科 教授)
神戸学院大学のSocial in ~地域社会とともに~ 微粒子コーティング技術で患者さんを「幸せ」にする薬を開発する(市川 秀喜/薬学部 薬学科 教授)

微粒子コーティング技術で世界をリード

私は、製剤学といって、患者さんがより楽に服薬できたり、治療の効果を高めたりする製剤の方法を研究しています。中でも、数十年来続けているのが、「ナノメートル(㎚)」サイズに仕立てた材料をつくり、それによって100µm(小麦粉くらいの大きさ)以下の粉状の薬の成分をコーティングする、微粒子コーティング技術の研究です。㎚とは長さの単位で、ウイルスは100nm程度、分子の大きなものが10nm程度、原子は0.1nm程度の大きさです。このような目に見えないほど微小な粒子を使ったコーティング技術を活用し、高機能な製剤を実現する様々な技術開発に取り組んでいます。

微粒子コーティングは、装置の原理こそ1960年代に生み出されましたが、なかなか実現には至りませんでした。神戸学院大学は1990年代からこの分野の研究に取り組み、独自の微粒子コーティング技術を確立して世界をリードしてきました。開発した技術を論文で発表するのはもちろん、企業との共同研究を積極的に行って実用化検討を進め、今では、様々な製薬メーカーや生産現場で活用されるようになっています。

たとえば、薬の苦みを感じさせないようにして飲みやすくするのもその一つです。最近、固形物を飲み込むことが難しい高齢の患者さんにも飲みやすい薬として、口腔内崩壊錠という錠剤が増えてきました。口の中に含むと速やかに唾液を吸ってさっと崩れるので飲みやすいのですが、苦い成分があると、それもすぐに溶け出すので苦みを感じさせてしまうことが欠点でした。微粒子コーティングの技術は、この苦い成分だけをコーティングし、溶ける早さを調節して錠剤に配合することで、口の中で薬が崩れた時に不快な味がしないようにする技術として使われるようになりました。

患者さんの闘病を楽にする新しい製剤を生み出す

現在進めているテーマの中には、今までになかった機能を持つ製剤もあります。たとえば、口から飲むと胃や小腸では有効成分が出ず、大腸に到達してから初めて成分が出てくるような仕組みの製剤を、微粒子コーティングの技術を使って開発してきました。この仕組みを使えば、胃や小腸で分解されると効き目がなくなるため注射で投与するしかなかったインスリンのような薬も、飲み薬にできる可能性があります。インスリンが口から飲めるようになれば、糖尿病患者さんの闘病生活もずいぶん楽で便利になるでしょう。

また、温度に応じて薬の成分が出たり止まったりする仕組みの薬剤も開発中です。成長ホルモンなど体内でつくられるホルモンの分泌機能に障害が出るような病気では、注射によってホルモンを投与する治療が行われます。しかし、人間の身体が生み出し分泌するホルモンは、1日のうちに数回、多いものでは十数回出たり止まったりする間欠的なパターンを繰り返しており、通常の注射による投与でそれを真似しようとすれば1日に何度も注射が必要となり、現実的ではありません。そこで、私たちは薬を筋肉や皮下に一定量注射しておき、患部を温めると薬が出る、温めるのをやめたら薬が出るのが止まるという仕組みの製剤ができないかと考えました。具体的には、温度によって膨らんだり縮んだりするナノサイズのゲルをつくって薬の粒子をコーティングします。温めるとゲルを構成している粒子が縮んで隙間ができその間から薬が外に出る、冷えるとその粒子が大きくなって隙間がなくなり薬が通らなくなる、という仕組みです。温度に応じて薬が出たり止まったりするメインの仕組みは完成しており、現在、薬の役目が終われば体内で消えてなくなってしまうような適切な素材の開発を進めているところです。

がん治療法の開発など臨床現場の課題に応える

さらに近年は、ナノ粒子技術を生かしたがん治療用製剤の開発にも着手しています。私たちが着目しているのは、がんの放射線治療の一種、中性子捕捉療法(NCT)です。NCTでは、ホウ素という元素をがん細胞に取り込まれやすいような形の薬剤にして投与し、体外から熱中性子線という身体に害を与えない程度の低いエネルギーレベルの中性子線を当てます。ホウ素には中性子をつかまえてα線という放射線を出す性質があるため、それでがん細胞を攻撃するという治療法です。ホウ素から出るα線は細胞1個分程度の範囲にしか及ばないので、ホウ素を取り込んだがん細胞だけがα線にさらされてダメージを受けます。つまり、がん細胞のまわりにある正常な細胞を傷つけることなくがん細胞をやっつけられる、他の放射線療法にない特長を持った治療法として注目されています。

私たちは、NCTを骨あるいは筋肉などの軟部組織にできる悪性腫瘍(内腫)の治療に使う臨床研究を、兵庫県立がんセンターの臨床医の方々と共同で行っています。そうした悪性腫瘍の一つである明細胞肉腫は若い人の手足にできやすい、日本では年に20症例ぐらいしかない非常に珍しい病気です。普通の放射線療法や化学療法では効果が乏しく、患部を切除する外科手術しか治療法がありません。肺に転移した場合には有効な治療法がなく、5年生存率が50%程度と予後のよくない病気の一つです。

明細胞肉腫に対するNCTは今まで全く研究がなされていなかったため、そもそも投与したホウ素の薬剤が明細胞肉腫に集まりNCTが可能なのかどうかさえ全くわかっていない状態でした。そこで、基礎的なところから解明しようと、培養がん細胞などを用いた実験から着手しました。段階を踏んで様々な実験を積み重ね、ようやくホウ素を含んだ薬剤を投与して中性子を当てると腫瘍が小さくなり、一部は完全に腫瘍がなくなるという成果を得ることができました。これは、明細胞肉腫へのNCTの可能性を示した世界で初めての結果になりました。こうして確立したNCTの方法を足がかりとして、後に臨床医の先生方が明細胞肉腫の患者さんへの適応を検討され、肉腫はほぼ消失して再発もないという良好な結果を得ています。

並行して進めているのが、NCTに用いられるホウ素等の薬剤をがんにより多く集める仕組みをもつナノ粒子型製剤の研究です。がんの種類や患部によって集まりやすくする仕組みが異なるため、それぞれのタイプのがんに適した方法を開発する必要もあるわけです。ホウ素の薬剤そのものをナノ粒子としたり、ホウ素以外のNCT用元素(ガドリニウム)を内蔵するナノ粒子製剤の開発を試みており、期待する仕組みを生み出すことができつつあります。

基礎研究から行って、それが実際の治療法につながるところまで展開できたことは、私たちにとって自信につながる貴重な経験になりました。また、患者さんからとても感謝されたと臨床医の先生からうかがい、患者さんの役に立ち、患者さんを「幸せ」にするという、薬学研究の最終目標を改めて再認識し、モチベーションを大いに高めることができました。

企業から臨床まで幅広い連携で治療に役立つ研究を

今後は、製剤に関する基本的な技術をさらに高め、社会に生かしていきたいと思っています。微粒子のコーティング技術にしても、解決すべき課題はまだまだあります。たとえば、コーティングにかかる時間の短縮もその一つ。現状、コーティングする成分を溶媒で液状にし、さらに霧状にして粒子を覆う方法を使っていますが、乾燥させるのに時間がかかるのが難点です。その解決のため、溶媒を使わず乾いた状態でコーティングする新たな技術の開発に着手しています。簡単に言うと、大きな粒子に小さな粒子を混ぜることで勝手にコーティングされる仕組みです。成功すれば、時間を10分の1程度に短縮でき、製造コストも大きく低減できる可能性があります。

こうして、私たちの持っている薬品のナノ粒子化技術や微粒子コーティングというシーズをさらにブラッシュアップし、臨床現場や製薬・医薬関連メーカーなどの課題を製剤の技術で解決する取り組みを今まで以上に進めていきたいと思っています。これからの治療法は、多分野・多職種が協力し合って生み出していくことが不可欠です。幅広い領域と連携しながら、常に患者さんの目線に立ってその生活の質を上げる研究を続けていきたいと思います。

Focus ㏌ lab

-研究室レポート-

学生は4年次から研究室に配属され、卒業研究にチャレンジします。教科書に書いていないことを自分自身で仮説を立て検証していく経験によって、社会で様々な課題に対処できる能力を養うことができるでしょう。また、本研究室では、産学連携に関するテーマも多いため、研究が実際の製品にどう役立つのかがよりダイレクトに感じられ、大きなやりがいにつながっているようです。中には、熱心に取り組んで、特許を取得するような重要な成果をあげた学生もいます。5年次には病院・薬局での実習もあって時間のゆとりはありませんが、自主的な研究は学生の思考力や実践力を大きく育み伸ばす素晴らしい機会だと感じています。

プロフィール

1988年 神戸学院大学薬学部薬学科卒業
1990年 神戸学院大学大学院薬学研究科修士課程修了
1990-1992年 小太郎漢方製薬株式会社研究開発本部研究所
1992-1994年 神戸学院大学薬学部実験助手
1994-2001年 神戸学院大学薬学部助手
1994年 博士(薬学)取得【神戸学院大学】
1998-1999年 Purdue大学化学工学系客員研究員
2001-2007年 神戸学院大学薬学部講師
2007-2011年 神戸学院大学薬学部准教授
2011年-現在 神戸学院大学薬学部教授
2012-2018年 神戸学院大学薬学部物性薬学部門長(併任)
2016年-現在 神戸学院大学研究支援センター所長(併任)
2020年-現在 神戸学院大学薬学部物性薬学部門長(併任)

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