2020年12月 作業療法の実証研究で人々の健康と幸福を追究するin Focus

神戸学院大学のSocial in ~地域社会とともに~ 作業療法の実証研究で人々の健康と幸福を追究する(田代 大祐/総合リハビリテーション学部 助教)
神戸学院大学のSocial in ~地域社会とともに~ 作業療法の実証研究で人々の健康と幸福を追究する(田代 大祐/総合リハビリテーション学部 助教)

作業療法の実践理論を実証する

私が所属する総合リハビリテーション学部作業療法学科では、国家資格である作業療法士を育成しています。作業療法士は、「作業」に焦点を当てて身体と心のリハビリテーションを担当する専門家です。「作業」には、食事・着替え・入浴・トイレなどの生活動作や、家事・仕事・趣味・人との交流・休養など人が暮らしの中で行う行動、またそれに必要な心身の活動が含まれます。このような幅広い活動に焦点を当て、治療・指導・援助を行うのが作業療法です。

日本作業療法士協会では、「人は作業を通して健康や幸福になる」という基本理念を定めています。一人ひとりの目的や価値観に沿って「できるようになりたい」という希望をかなえ、生き生きとした生活を送れるように支援することは、健康を維持し生活の質を高めることにつながります。こうした観点から従来は、身体や精神に障害のある人に限定されていた作業療法の対象が近年、子どもから高齢者までさまざまな人々へと広がってきました。中でも、身体と心の両方から活動的な生活を支援する作業療法を通じて健康を維持・向上し、元気な人の病気予防や高齢者の介護予防などに役立てようという動きが活発になってきています。

私は、作業療法士として急性期の病院に勤務し、呼吸器や循環器など内部障害を抱えた患者さんの支援を中心に行ってきました。また、地域の高齢者の介護予防活動として健康体操や脳トレと呼ばれる脳を活性化させるゲームの指導にも携わってきました。このような経験を生かして、現在は、高齢者の健康維持や介護予防に役立つ作業療法についての実証研究を行っています。作業療法の分野では、先人たちの努力によって実践理論が構築され多くの実践例が蓄積されてきました。しかし、その効果の根拠となる実証研究はあまりなされていません。というのも、食事をしたり着替えたりといった生活行動は人それぞれにやり方や癖があり、客観的に分析することが難しいからです。しかし、そうしたハードルを越え、なぜそのような支援を行うことがよい効果を生むのかを科学的、客観的に証明し、多くの人が理解してくれれば、治療や健康維持のための指導もスムーズに進みます。このような考えで、実証研究に力点を置くようになりました。

呼吸状態を改善する日常動作の方法を探る

現在進めている研究テーマの一つは、高齢者の呼吸状態を改善させる作業療法です。病院や地域での経験を通して実感したのは、実に多くの高齢者が家に閉じこもりがちになっていることでした。慢性呼吸器疾患の患者さんを対象に質問紙調査をしてみると、呼吸状態がよくないために外出に不安を抱えており、同時に自宅内でもトイレや着替え、入浴などごく普通の動作をするのにも息切れをして、疲れや負担を感じていることがわかりました。また、健康な高齢者にも、加齢に伴って心肺機能が低下し、日常生活によって身体のだるさや息切れを起こしている人がたくさんいました。病気や老化によって呼吸筋など筋力が低下して息切れを招き、疲れるからと活動を控えることで食欲がなくなって栄養状態が悪化、それがさらに筋力の低下を引き起こすという悪循環に陥っているのです。自宅内で普段の暮らしをするのだけでも大変な人が、外へ出て散歩をする気になれず自宅に引きこもってしまうのは、仕方のないことと言えるでしょう。

こうした状態を改善するためには、自宅内での生活行動を少しでも楽にし、筋肉や心臓などへの負担を軽くすることが重要です。そこで、呼吸状態を改善する生活行動の方法を検討し、行動を補助してくれる適切な福祉用具の効果を検証することを大きな研究テーマに据えることにしました。

現在は、高齢者の一つひとつの生活行動を取り上げて検証を行っています。その一つが、日常生活の中でも頻度の高い、トイレでの排泄姿勢です。高齢者は便秘になりやすく、排泄姿勢を長時間キープするのは身体にかかる負担が大きいとされています。また、以前の私たちの研究から、便座穴におしりが沈み込むために太ももが傾斜し、背中から腰にかけて丸まる姿勢になってしまうことがわかりましたが、この姿勢は呼吸状態にも悪影響を与えます。このような背景から、身体への負担が少なく、呼吸効率のよい安楽な高齢者の排泄姿勢を探っています。

真っすぐに座るか、前傾姿勢か、前に台を置いて腕で支える前傾姿勢か、3つの中でどの姿勢が最も安楽で快適なのか、地域在住高齢者に協力してもらって呼吸状態の調査を行ったところ、台を使うのが最も状態がよいことがわかりました。現在は、その次の段階として、なぜそのような結果になるのかを検証するために、人の動きを数台のカメラで撮影しパソコンに取り込んで解析する三次元動作解析装置を使って、姿勢と呼吸様式の関係を解明しています。


高齢者だけでなく、若い人も含めた多くの人の暮らしにかかわりのある研究も、ゼミの学生たちと一緒に進めています。学生たちが主体的に研究に取り組めるよう関心のある研究テーマを募り、デスクワークにおける姿勢を取り上げることにしました。リモート授業が増えて一日中パソコンに向かうことが多くなったため、身近で切実な問題となっているようです。長時間座ったままでいることが、健康被害をもたらし作業効率を低下させることはすでに知られています。立ったまま作業できる環境を用意する企業も増えており、座った姿勢と立った姿勢を交互に入れ替えながら作業するスタイルが導入され始めています。そこで、「座る」と「立つ」をどのようなタイミングで入れ替えたら集中力をより長く維持でき、しかも安楽なのかを、データによって検証することにしました。

集中力の増減は与えた課題の正答率などで計測し、安楽かどうかは呼吸、血圧、心拍など呼吸器系、循環器系のデータを指標として使います。「座る」と「立つ」とで呼吸の変化があるなどは自覚できないのが普通だと思いますが、詳細に計測すると微妙な変化が見えてきます。「きつい」と感じるときは呼吸や血液循環の効率が低下しているなど、客観的な検証が可能になります。

今後IT化がさらに進めば、学生やオフィスで働く人のみならず、地域の高齢者にもデスクワークが増えてくるかもしれません。今後は、地域の高齢者にアンケート調査を行うなど、実態の把握も含めて研究を進めていきたいと思っています。

地域と密接にかかわって健康寿命を延ばす

作業療法士の一番重要な仕事は、生活行動を身体と心の両面から分析し、その人にとって最良の作業活動方法の選択を行うことです。そして、その作業活動を科学的に検証していくことが作業療法士に必要な技術です。患者さんに寄り添って優しく接することはもちろん必要ですが、本当に役に立つアドバイスや指導をするためには、科学的な根拠に基づいてきちんと説明し納得してもらうことも重要です。また、実証研究によって解明されたメカニズムにしたがって全く新しい生活動作の方法を提案することで、今まで以上に健康な生活を創造できる可能性もあります。作業療法士を目指す学生たちには、調査や研究を通じて実証的なものの見方や考え方を身につけてほしいと思っています。

今後も、より有効な生活動作の方法を提案できるよう、実証研究を進めていくつもりです。同時に、その研究成果を、生活を快適にする自助具や福祉用具の開発にも生かしていければと思っています。また、作業療法士として研究者として、さらに積極的に地域に出ていくことも目標です。実際に高齢者と接して、その生活の様子を見たり困りごとを聞いたりするフィールドワークは、実態に即した研究を進めるうえで非常に重要です。現在、地域の高齢者コミュニティーセンターなどと連携し、フィールド調査を行っていくとともに、健康増進についての講演、生活指導などの実践によって健康意識を高めてもらおうという計画を進めています。さらに、今後は、明石市から依頼を受けた地域リハビリテーション活動支援事業で住民が運営する集いの場 などに出向き、介護予防の取り組みを支援していく予定もあり、これまでの作業療法研究や臨床経験を生かしてお役に立ちたいと思っています。

これからの作業療法士はより積極的に地域に出て、介護予防などを通じてより幅広い人々と関わることが必要になってくると思います。人生100年時代、より豊かな人生を送るためには、高齢になっても趣味・スポーツ・ボランティアなどで常に新たな学びを得て、精神面の安定や身体機能、脳の活性化を図っていくことが大切です。そこでは、作業療法士が専門とする幅広い作業支援の知識や技術が大いに役に立つでしょう。一時的に運動をしたり脳の活性化をはかったりするだけでなく、その人が継続してできることを選び、寄り添いながら手助けしていくのは、作業療法士が最も得意とするところです。教育と研究をリンクさせ、地域の人々や臨床で活躍する作業療法士とも密接にかかわりながら、健康な社会づくりをお手伝いしていきたいと思います。

Focus on subjects

―授業ピックアップ―


作業療法の基礎となる科目として、「運動学」「運動学実習」の授業を担当しています。運動学は解剖学・生理学・物理学を応用させた学問で、作業療法士が人の複雑な動作や姿勢を分析するために不可欠な知識です。「運動学」で学んだ内容は、「運動学実習」で実践します。字を書く、お風呂に入る、投球するなどの運動について、どのような筋肉を使っているのか、利き手による違いなどを調べ、運動に必要な能力を分析します。さらに運動を学習する方法を調べて学生自らが実践し、そのプロセスをまとめて発表します。このような基盤づくりの学習を丁寧に行うことで、先人たちが蓄積してきた作業療法の理論を活用し、しっかり実践できる能力を身につけてもらいたいと思っています。

プロフィール

2010年 国際医療福祉大学福岡保健医療学部作業療法学科 卒業
2016年 国際医療福祉大学大学院医療福祉学研究科保健医療学専攻 修了
修士(保健医療学) [2016年3月(国際医療福祉大学)]
2010年-2014年 一般社団法人 藤元メディカルシステム 藤元総合病院
2014年-2017年 医療法人社団 高邦会 高木病院
2017年-2019年 国際医療福祉大学 福岡保健医療学部 作業療法学科 助手
2019年-    神戸学院大学 総合リハビリテーション学部 作業療法学科 助教

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