2019年10月 摂食障害に悩む人を救い予防につながる心理療法を開発in Focus

神戸学院大学のSocial in ~地域社会とともに~ 摂食障害に悩む人を救い予防につながる心理療法を開発 竹田  剛 Takeda Tsuyoshi 心理学部 講師
神戸学院大学のSocial in ~地域社会とともに~ 摂食障害に悩む人を救い予防につながる心理療法を開発 竹田  剛 Takeda Tsuyoshi 心理学部 講師

自尊感情のあり方に注目した心理療法

私は、摂食障害を抱えている方々へのよりよい心理療法の研究をライフワークにしています。摂食障害は、一般的に拒食症と呼ばれている食事を摂ることができなくなる神経性やせ症や、食べたら止まらなくなる神経性過食症を中心とする、食べることを上手にコントロールできなくなる心の病気などがあります。国内に数万人の患者さんがいると言われています。とくに拒食症はダイエットをきっかけに発症することが多く、ひどくなると栄養失調や心臓麻痺、自殺などにもつながります。患者さん自身はダイエットに成功していると思い込んで病気の自覚がないこともある危険な病気です。

治療は、食行動の改善から体重コントロールを中心に進めていきますが、うまく進まないことがよくあります。なぜなら、摂食障害の発症には、偏った考え方や無意識のこころの動き、また友人関係や家族関係など、非常に多くの要因が関係しているからです。それぞれのケースに対応できるだけの治療法、治療体制はまだ十分とはいえません。

私が研究を進めているのは、「食べる」「食べない」という部分に直接切り込むというより、その背景にある、自分に自信がない、自分を受け入れられないといった感情を変えていくカウンセリング法の開発です。体形を含めた自分のあり方が受け入れられないことからダイエットを始め、いつしかそれにのめり込んでいくことが拒食症につながります。病気になる人は、友人関係や部活動、勉強や仕事などの日常になかなか手応えを感じられず、「自分は何をやってもだめだ。価値がない」などと思うことが多いように思います。これは自尊感情の低さといって、以前から摂食障害の発症因子とされてきました。そこに新しい研究のアイデアを付け加えながら、自尊感情を向上させる心理療法の開発に取り組んでいます。

まず、自尊感情が顕著に低いといわれる神経性過食症に注目し、患者さんに特徴的な自己概念(自分自身に対する捉え方やイメージ)と自尊感情との関係を調べました。自尊感情に大きな影響を与えている自己概念についてインタビュー調査を行い、どのような自己概念のあり方が自尊感情を低いままにしているのかを解明。そこから、「自分はこのままでいい」と思えるように自己概念のうまくいっていない点を変化させる、もしくは今の自己概念のあり方は変えずに「このままでいい」と捉え直せるように発想を転換することを目的とするグループ療法を開発しました。開発にあたっては、私たちの研究成果に加えて、有効なカウンセリング技法であるといわれる認知行動療法をはじめ、さまざまなアプローチを組み合わせています。私は、大阪市にあるなにわ生野病院で公認心理師として、開発したカウンセリング法を活用しながら、患者さんたちの治療に携わっています。

多様な視点を統合するアプローチ

私がこのような研究をすることになったきっかけは、心理学を学んでいた学生時代のアルバイトにあります。予備校の進路指導員として学習法や受験校選択のアドバイスを行ううち、「クラスメイトはできる人ばかりで、自分の居場所がない」「自分に自信が持てず、勉強に集中できない」と訴える何人かの生徒さんに出会いました。彼らが自信を持つにはどうすればよいのかと考えたことから、自尊感情への関心が高まったのです。

大学院に進学後、自尊感情の低さは特に摂食障害を持つ人に顕著であり、その発症にも大きく関わっているということを学びました。大学院時代からなにわ生野病院の心療内科にお世話になり、摂食障害の臨床現場で患者さんの苦しみを見てきました。カウンセリングをしながらこの病気の根深さ、治療の難しさを痛感し、私にも何かできることがあればと思って摂食障害の治療法開発を本格的に研究するようになりました。

摂食障害は、考え方を変えれば、明日からきちんと食べられるというようなものではありません。少しよくなってきたと思っていても、性格や人間関係などに引っ張られ、ぶり返してしまうこともたくさんあります。また、病気の発症にもいろいろなパターンがあり、自尊感情が低いといってもどのように拒食にまで至るのかはケースバイケースであり、原因は複雑に絡み合っています。そのような中で私が重要だと考えているのは、多面的なアプローチや研究手法です。

自尊感情や摂食障害の状態を心理テストなどで測定し数値として把握していく方法に加えて、インタビューによる聞き取り調査によって患者さんの考え方、置かれている立場や状況をありのままに把握していく方法を取り入れ、それらを統合する手法で研究を行っています。また、カウンセリングにおいても、どうして自分を認められないのかを、患者さん自らが自由に考えられるよう、幅を持たせたアプローチを行っていくことを大切にしています。患者さん一人一人が必要とする理論やアプローチをその都度組み立てていくという統合性が、多くの患者さんの悩みや多様な社会のニーズに応えることができるのだと、私は考えています。

摂食障害への理解と予防に向けた活動にも注力

世界における摂食障害の治療研究はイギリス、アメリカを中心に進んでおり、摂食障害治療の専門病棟の設置や専門の治療チームによる活動も行われています。それに比べて日本はまだ遅れていますが、近年、国の政策として摂食障害治療支援センターの整備が進み、現在では全国に4カ所設置されています。これから医療体制が充実し、必要な人が専門医療にアクセスできるようになればと期待しています。

そのためにも、研究者同士、治療者同士がつながって、地域の医療を充実させていくことが求められています。医師、公認心理師、臨床心理士、看護師、管理栄養士だけでなく精神保健福祉士、児童精神科医、歯科医など多職種が連携したチームによる医療の必要性と同時に、学校の先生や家族も協力して、患者さんと一緒に治療を進めていくことが大切です。

2016年には、医療関係者などが集まって一般社団法人日本摂食障害協会を立ち上げ、患者さんの支援や病気に対する啓発・予防について全国的な活動を行っています。私も協会に所属して、啓発・予防活動として講演会や本の執筆などに関わっています。今後は、研究や治療と並行してこのような活動にもより力を入れ、さらに中学校や高校などで、自尊感情の大切さや摂食障害の理解を進め病気の予防に役立ててもらう働きかけができればと思っています。

Focus on lab
―研究室レポート―

心理学部での教育においては、学生にいろいろな心理療法を体験してもらい、それぞれの長所や短所を把握し、多様なアプローチの必要性を理解してもらうようにしています。たとえば、心理臨床現場で最近取り入れられている瞑想を体感してもらうために、京都のお寺で座禅を組み、心を整えることの重要性を感じてもらう取り組みも行いました。低年次生には、カードゲームやボードゲームをしながら臨床心理の症例などに触れる教材などを使い、興味を高めてもらっています。心理学の専門知識を得るだけでなく、日常の中で自分が感じたり考えたりしたことを意義あるものとし、そこから着想を広げていくことも非常に大切だと思うからです。また、多くの経験の中から興味を見つけ、多様な価値観を認め尊重する態度を身につけてほしいとも考えています。

プロフィール

2009年 立命館大学文学部心理学科心理学専攻 卒業
2011年 大阪大学大学院人間科学研究科人間科学専攻博士前期課程 修了
2016年 大阪大学大学院人間科学研究科人間科学専攻博士後期課程 修了
人間科学博士 [2016年3月(大阪大学)]
2011-2015 こいでクリニック 臨床心理士
2013-2015 独立行政法人 日本学術振興会 特別研究員 DC2
2015-   社会医療法人弘道会なにわ生野病院心療内科 臨床心理士
2015-   社会医療法人弘道会なにわ生野病院大阪メンタルヘルス総合センター 臨床心理士
2015-   ストレス疾患治療研究所 臨床心理士
2016-2018 神戸学院大学人文学部人間心理学科 実習助手
2018-   神戸学院大学心理学部心理学科 講師
2018-   名古屋学芸大学大学院栄養科学研究科 非常勤講師
2019-   一般社団法人日本摂食障害協会 フェロー

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