2018年1月 やりたいことができる喜びを縁の下で支える作業療法士in Focus

神戸学院大学のSocial in ~地域社会とともに~ やりたいことができる喜びを縁の下で支える作業療法士 大庭 潤平 Jumpei Oba 総合リハビリテーション学部 准教授
神戸学院大学のSocial in ~地域社会とともに~ やりたいことができる喜びを縁の下で支える作業療法士 大庭 潤平 Jumpei Oba 総合リハビリテーション学部 准教授

筋電義手によるサポートをライフワークに

私は兵庫県立総合リハビリテーションセンターに作業療法士として勤務していた時に、上肢切断の患者さんのリハビリを担当していました。その患者さんは義手を使うことで、これまではできなかった仕事や車の運転、海外にも出かけることが可能となり、義手が患者さんの世界を広げるのを間近で見ていた私は大変感銘を受けました。この時の体験がきっかけで「上肢切断者の社会生活支援と義手(筋電義手含む)の有効性」について専門的に研究するようになりました。

最近では、障害者やその支援者の視点に立ったリハビリテーションの必要性が高まり、ロボティクスやメカトロニクス技術を応用する研究も盛んになってきました。その代表格が筋電義手です。私は長年、筋電義手の開発、評価、操作トレーニング法の研究、普及活動に携わっており、ライフワークの一つとなっています。

筋電義手は、人が筋肉を動かす仕組みを応用した義手です。人が筋肉を動かそうとする時、脳から出された指令が神経を通って筋肉に伝わり、筋肉の表面で電気信号(筋電)となって筋肉を収縮させます。この信号は、手を握る、開く、手首を曲げるなどの動作ごとに、違った特性を示します。筋電義手は、残っている筋肉から筋電信号をセンサーで読み取り、モーターを使って動作を再現します。手がない人でも、手を握りたいと思ったらその通りに動いてくれるのが、筋電義手です。

筋電義手を使うには残った腕から筋電信号を読み取ることが欠かせませんが、信号を採取する場所を決定する方法は確立されていません。損傷程度や位置がそれぞれ違うのもその大きな要因です。また、筋電義手自体には感覚がないのでスムーズに動作させるには操作トレーニングが必要ですが、その方法も担当する医師や作業療法士の経験に委ねられている状況です。そこで、筋電信号の特性を探り、運動・生理学的な分析を行いながら筋電義手の操作トレーニングに役立つ基準を明確にし、効率のよいトレーニング法を確立することを研究テーマの中心に置いています。

作業療法士の役割は、患者さんが希望する生活の実現をサポートすることにあります。トレーニング法の確立を目指すのも、患者さんの身体的、精神的な負担を少しでも和らげたいからです。ロボティクス、メカトロニクスの技術は進化していて、5本の指がそれぞれ動く筋電義手も開発されています。しかし、ハイテク義手になったからといって、必ずしも使いやすくなるわけではありません。メリットやデメリットを考慮して、患者さんにとって最もふさわしい義手を提案することが作業療法士の務めだと思っています。

作業療法士の仕事で言う「作業」とは、患者さんにとって「意味のある行為」のことです。身体に障害があったり、認知症になったりすると、やりたいことができなくなると自己実現が果たせなくなります。そこを義手などの道具を含めたリハビリテーションで補い、やりたいことが再びできるようになることで、患者さんのQOL(Quality of Life)を高めることを目標にしています。

筋電義手を使う子どもたちを支援

総合リハビリテーション学部の教育活動の一環として、兵庫県立総合リハビリテーションセンターと共同で取り組んでいる活動に、キャンプ「おやこひろば」があります。筋電義手の訓練を受ける子どもとその家族が集まり交流する場として、2012年から開催しています。子どもによっては筋電義手の装着やトレーニングを素直に受け入れないこともあり、人には話せない悩みや不安を抱えている保護者の方もいらっしゃいます。そこで、同じように筋電義手の訓練を受けている子ども同士、親同士がつながることで、悩みを共有し、お互いを励まし合う場ができないかと考え、開いたイベントです。作業療法学科の学生もボランティアとして参加し、子どもたちと一緒に遊びながら作業療法や筋電義手について学んでいます。

また、昨年から積極的に実施しているのが、手のない子どもたちへのサポートです。筋電義手を使い始めたある子どもが、幼稚園の運動会で「鉄棒をやりたい」と言ったのがきっかけでした。その子にとっては「意味のある行為」なので、ぜひできるようにさせてあげたいけれど、筋電義手では難しかった。そこで、スポーツ用の手先具を使い、作業療法士がトレーニングをした結果、ついに鉄棒ができるようになりました。この経験を後に続く子どもたちに活かしたいと、ゼミの学生と一緒にトレーニング法の研究に取り組んでいます。

身体や心に障害があってやりたいことはあるけれど、できないという患者さんをサポートするためには、何をしたいのか具体的なところまで聞き出すことが大切です。そして実現するために必要な手段を見つけ、できなくても諦めずに他の方法を考えていく。そうして、少しでもできることを増やしていくのが作業療法士のサポートであることを、体験を通じて学生にも肌で感じてもらいたいと思います。

専門家としての気づきをサポートに活かす

作業療法士の団体である社団法人日本作業療法士協会は、厚生労働省からの委託を受けて、高齢者の自立を支援する「生活行為向上マネジメント」を開発しました。その人にとって大切な作業を見つけ、それができない原因を探り、できるようになるためのトレーニングやサポートを総合的に行う方法です。明石市では、要支援の一歩手前で生活の困り事が出始めている高齢者の方々に対して、生活行為向上マネジメントを取り入れてリハビリテーションを支援しています。私もアドバイザーという形で関わり、支援のアドバイスやリハビリテーションをするスタッフへの助言をしています。

例えば、元気な時には卓球が生きがいだったけれど、年を取って坐骨神経痛になり卓球に行けなくなったという高齢者の方がいらっしゃいました。まず、卓球ができない原因は何かを、卓球をして帰ってくるまでのすべての行為を分析して探り、明らかにします。この方にとっての卓球とはどういう存在なのかを分析し、支援するスタッフにも理解してもらい、できるようになるためにどんなトレーニングをするか、杖を使って歩いてもらいましょうといった具体的な支援に結びつけます。本人が当たり前と思って履いていた靴が実は足に合っていなくて坐骨神経痛へと進んでしまっていると気づいたら、靴を変えてみましょうといった提案もします。こうした働きかけだけで、大きな変化が起こるケースも多々あります。このように専門家としての気づきをサポートに活かし、高齢者が生きがいを取り戻し活き活きと生活していただくためのお手伝いしています。

作業療法士は、その人のやりたいことを一緒に見つけて、一緒に達成していく仕事。やってあげる、指導してあげるという考え方でなく、あくまでも縁の下の力持ちとして、本人が頑張ったからやれたと思ってもらえることがとても大切です。そんな気概のある作業療法士が一人でも多く育つよう、全力を尽くしていきたいと思っています。

Focus on lab
―研究室レポート―

ゼミの学生は、筋電義手を使う子どもと家族が集まるキャンプ「おやこひろば」に積極的に参加しています。小運動会やお料理教室、オリエンテーリングなど学生自身が企画するイベントが毎年好評で、子どもたちを楽しませてくれています。今年は、スタッフも含め120人近くが集まりました。また、生まれつき手のない子どもを対象にした手先具を使ったスポーツ指導法の確立を目指した研究においても、学生が大いに活躍しています。鉄棒運動における効率のよい指導法やより使いやすい義手の形状について考察し、『鉄棒運動の指導のポイント』という冊子にまとめました。今年は、跳び箱とマット運動でも研究を進めています。「障害のある方と触れ合う機会を通じて、自分のできることや役割を考えてほしい。また、科学的によりよいリハビリテーションを目指すという姿勢も、身に付けてほしいと思っています」(大庭准教授)。

プロフィール

1996年 熊本リハビリテーション学院 作業療法学科 卒業
1996年~2005年 社会福祉法人兵庫県社会福祉事業団兵庫県立総合リハビリテーションセンター
2004年 神戸大学大学院 医学系研究科 博士課程前期 修了
修士(保健学) 2004年 神戸大学 
2005年~2008年 国際医療福祉大学 福岡リハビリテーション学部 作業療法学科 助教
2008年~2015年 神戸学院大学 総合リハビリテーション学部 作業療法学専攻 講師
2015年~ 神戸学院大学 総合リハビリテーション学部 作業療法学科 准教授

主な研究課題

  • 上肢切断者の社会生活支援と義手(筋電義手含む)の有効性について
  • 障害構造と作業療法の役割との関係
  • 「健康と地域活動・役割の関係」
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