2015年12月
過去の企業の採用活動を研究することで
これからの「就活」を見通すin Focus


神戸学院大学のSocial in ~地域社会とともに~
過去の企業の採用活動を研究することでこれからの「就活」を見通す 岡本 弥 経済学部 講師

新卒採用を
経済学の立場から検証する

私は大学を卒業した後、金融機関に6年間勤めました。そのときの経験が現在の研究に影響を与えています。とくに入行当初、リクルーターとして採用の現場を手伝わせていただいたことは貴重な体験です。母校の後輩に電話をかけて面談のアポをとり、直接会っていろんな話をしながら、同じ会社で働いていく適性があるかを見極めて、採用したい人材であれば次の選考に進んでもらう、それがリクルーターの仕事なのですが、さまざまな学生と会っていくなかで、自分が絶対の自信をもって上司に推薦した人物が途中で脱落したり、一方「ちょっとうちには向いてないな」と感じた学生が、のちの選考をスムーズに通過して内々定を得たということがありました。わが国の企業の強みは、長期にわたってすぐれた企業内教育訓練を従業員に提供できることであるといわれますが、もしそうなら「どのように育てるべきか」とともに「だれを採用すべきか」も重要となるはずなのですが・・・。自分の人物評価が会社のそれとずれているだけかもしれない、当初はそう思っていました。しかし、同様のことを何度も経験し、また他社で採用活動を手伝っている大学の同期生からも同じ内容のことを聞いたりしているうちに、「わが国の企業には明確な採用基準など存在しないのではないか」と思い始めました。ここ数年、どの企業も新規大卒者を大量に採用していますが、景気によって驚くほど変化する採用者数も私の「疑念」をより強くしました。そして、それを自分で明らかにしたいという気持ちが、今の研究につながっています。

誰もが経験する「就活」への関心の高さにこたえるために、
どんな要因が新卒採用抑制に影響を与えるかを研究

人が「はたらく」ことを経済学の立場から分析する「労働経済学」を専門に研究しています。労働経済学の主要な研究テーマは賃金や雇用ですが、私は後者を中心に研究をしています。企業が財やサービスの生産を行うために雇う労働者や働いてもらう労働時間のことを「労働需要」と呼びますが、それがどのような要因によって決まるかに関心があります。より具体的にいえば、雇用調整、とくに「リストラ」というネガティブな言葉で捉えられる場合が多い人員削減が、どのようなメカニズムによって生じるかを企業のデータを用いて分析しています。先に述べた新卒採用との関わりでいえば、新卒採用の抑制は、残業時間の抑制といった「ソフト」な方法から始まって、「最終手段」とされる整理解雇や希望退職者の募集に至る一連の雇用調整のプログラムに含まれます。厳格な解雇法理の影響によって、正社員の人員削減が困難なわが国では、不況期において、新規採用の抑制が人員削減を行う際の「調整弁」の役割を担わされているといわれています。この20年間で複数回観察された深刻な新規大卒採用抑制現象、いわゆる「就職氷河期」の背後にはそういったメカニズムがはたらいています。企業による採用者の選考は、採用者数が絞りこまれる不況期の方がより慎重に行われる可能性が高いと考えられますが、もしそうなら、企業が労働力として新卒採用者をどう位置づけているかは、不況期の採用活動により強く反映されるはずです。これまでの研究を通じて、過去の「就職氷河期」において、わが国の上場企業の新規大卒採用者数の決定にどのような要因が影響を与えたかを明らかにしようと努力してきましたが、残念ながら、「企業の採用基準」といった本当に検証したいテーマに到達するまではまだ少し時間がかかる、というのが正直なところです。その理由のひとつは分析に必要なデータが手に入らないこと。新卒採用に限らず、企業の雇用政策に関するデータは、どこも公表をしたがらない傾向がみられます。もちろん、秘匿性が高いデータですから、企業のそういった態度もある程度理解できますので、当面はすでに公表されているデータを有効活用しながら検証を行うことになります。しかし、ここ数年、企業の雇用に関する詳細なデータを掲載した資料が刊行あるいは公表されたりすることが増えてきているので、将来的には先のテーマに切り込んでゆくことも可能になるように思います。

新卒採用の経済学的な分析は、おおむね「就職氷河期」が生じた1990年代後半から始まりましたが、景気改善により、企業が順調に新卒採用を増やしている近年の方がより関心が高まっているといえるかもしれません。大学への進学率が上昇し、「就活」はいまやたくさんの若者が通る「道」となりました。その「就活」は、インターネットやSNSの普及などによって、時間の経過とともに変化してきました。しかし「新卒採用」については、「一括採用」をはじめ、従来からの慣習の大部分に変更は加えられていません。そういった点からは、随分前に起こった「就職氷河期」の研究が、これからの新規大卒労働市場を予測する、また「就活」の今後を占ううえで役に立つかもしれない、そんな気持ちで研究に取り組んでいきたいと考えています。

学生には、学んだ経済理論で本当に現実を説明できるか
疑う気持ちをもってほしい

「道具」の価値は使ってみてはじめて生まれると思います。例えば、切れ味の良い包丁を所有しても、コレクターを別にすれば、それを使って料理を作らない限り、その包丁は十分に「いかされた」とはいえないでしょう。それと同じことが、経済学の学習にも当てはまります。

大学で学ぶ経済学といえば、ミクロ経済学やマクロ経済学というのが定番ですが、これらの科目で学ぶ経済理論は経済学的な分析をするするための「道具」に例えられるでしょう。教員によっては、授業の中で「道具」の「使い方」まで教えてくれる方もおられるかもしれませんが、ほとんどの場合、経済理論という「道具」を授けることで授業時間が尽きてしまいます、もちろん、経済理論をきちんと学習することは経済学の学習において最も大切なことです。合理的に考える力もそれによって養われますから。しかし、経済理論を幅広く知ったところで、それによって現実の経済を説明できるか自分で確かめることをしなければ、とてももったいないことです。経済学には、ある経済現象を説明可能な数学的な経済理論の構築と、その理論に本当に現実を説明する力があるかを統計学に基づいて検証をおこなう実証分析とが、車の両輪のように互いに発展してきた歴史があります。つまり、経済学の研究は、経済理論をデータによって検証できることではじめて完結するのです。そしてこのデータを用いた実証分析こそが私の意味する「道具の使い方」であり、学生に身につけてほしいものなのです。

私のゼミでは現在、2年次生とともにエクセルを使って、簡単な経済理論の実証分析に取り組んでいます。負担が少ないよう、検証する経済理論と分析データはともに入門者向けのものを使っています。これによって、経済理論と現実とがどう関係しているかを、少しでも実感してもらえればいいかなと思っています。

講義では授業内容の確認のための小テストをほぼ毎回行っていますが、提出された答案に(できるだけ)コメントをつけて返すようにしています。実はこれ、私が大学生のときの経済発展論の先生がされていたことを真似したものです。学業に身が入らない学生でしたが、小テストで毎回細かく添削してくださったり、質問に行くと忙しいにもかかわらず研究室に招き入れてじっくりと相談にのってくださったりして可愛がっていただいたこともあり、その先生の講義だけは休まず出席しました。そして、先生への憧れと感謝の気持ちは今でも変わりません。

学生には、「騙されない人になってほしい」と伝えています。経済学、とくに経済理論を学べば合理的に考える力が身につくといわれますが、それによって培われる物事に対する「違和感」こそが現実に生きていくうえで重要だと思うのです。「違和感」とは「ちょっと違うな」というあの感覚ですが、それが気持ち悪いから本当かどうか確かめたくなる。そんなとき、入門レベルであっても自分でデータを使った分析ができれば、人の手を借りずに自分で白黒をつけることができます。 つまり、経済学をしっかり学ぶことが、自然と「騙されないトレーニング」になるということです。

プロフィール

1996年大阪大学経済学部経営学科卒業。約6年間金融機関に勤務。2012年京都大学大学院経済学研究科博士課程修了。博士(経済学)。2013年4月より神戸学院大学経済学部講師。

主な研究課題

労働経済学(雇用調整、新卒採用、転職)

in focus 一覧