2015年10月
渋味のメカニズムを解明して
アジアから世界へと発信したいin Focus


神戸学院大学のSocial in ~地域社会とともに~
渋味のメカニズムを解明してアジアから世界へと発信したい  石井剛志 栄養学部 准教授

ポリフェノールとタンパク質の結合を研究

「食品成分と生体成分の分子間相互作用解析」を主な研究課題としています。耳慣れない「分子間相互作用解析」をわかりやすく説明すれば、物質と物質がなぜ“くっつく”のかを分子のレベルで探る研究といえるでしょう。多くの科学的な現象は物質と物質が結合(反応)することからスタートします。私は食品成分であるポリフェノールが関与する様々な現象のメカニズムについて興味を持ち、ポリフェノールが食品や体の中の成分にどのように結合しているのかを明らかにするために、研究を進めています。

2004年に体の中で茶カテキンと結合して健康効果を発揮するタンパク質「カテキン受容体」が日本の研究グループにより発見され、英国の総合学術誌「Nature(Structural & Molecular Biology)」に掲載されました。当時、大学院で活性酸素と反応して疾病の発症に関わるタンパク質を探索していた私は大変感銘を受け、食品成分と生体成分の結合に興味を持ちました。当時はプロテオミクスとよばれるタンパク質の大規模分析技術の分野が注目されており、私自身も関連する仕事に携わっていた関係で、ポリフェノールとタンパク質の結合を見るための分析技術を開発するようになりました。同時期に国内では茶カテキンを高濃度に含む飲料が発売されはじめましたが、実はお茶に含まれるポリフェノールの多くが天然に含まれる量を摂取しても十分な効果を感じることができません。茶カテキンを高濃度に添加するのは、安定性や消化吸収性が低く90%以上が壊れたり体外へ排出されたりしてしまう性質があるためです。結果的に大量のカテキンを添加せざるをえないのですが、健康効果があるとわかっていても渋味の強い飲料を好んで飲む人は少ないでしょう。私は、開発した分析技術を利用してカテキンとタンパク質の結合を分析する過程で、牛乳や豆乳などに含まれるタンパク質分解物にカテキンをあらかじめくっつけておくと安定性が高くなり、吸収性を弱めずに渋味だけが弱くなる現象を発見しました。



また、カテキン受容体とは別に、カテキンと結合することで健康効果を発揮し得るタンパク質を培養したヒトの細胞などから見出しています。ポリフェノールとタンパク質の結合メカニズムを解明できれば、美味しくて効果の高い機能性飲料や食品の開発につながると考えています。

アジアから世界へ渋味の生理的意義を発信

そもそも、お茶やワインを飲むとなぜ渋いと感じるのでしょうか? そのメカニズムは未だ完全に解明されていませんが、渋味は口の中にある唾液や舌の細胞膜などに渋味物質が結合することで感じる触覚刺激と考えられています。私は「渋味の発現機構と生理的意義」についても興味を持ち、研究を進めています(科学研究費補助金・基盤研究(B))。現在までに、唾液タンパク質の凝集反応をモデルとした渋味の評価法や細胞膜表面への結合反応をモデルとした渋味の評価法の開発に成功しており、それぞれ日本分析化学会で発表した学生が受賞するなど、味を可視化・数値化できる新しい分析法として高い評価をうけています。



甘味や旨味、塩味などの人が好む味がある食品には、生命維持に必要なエネルギーや栄養素、ミネラルを含むものが多く、それらは体内にも吸収され易い性質を持っています。渋味のある食品には、脂質の吸収抑制や代謝促進など、飽食の現代では肥満防止につながる有効な機能が期待されていますが、エネルギーを効率的取り込み脂肪として取り込むことが望ましかった太古(狩猟・採集)の時代には有害だったとも考えられます。渋味は、エネルギー蓄積を阻む食品を見分けるセンサーかもしれません。渋味のメカニズムや特徴的な生理機能が証明できれば、生物が渋味を感じる理由が明確になると考えています。また最近では、渋味研究の応用展開として、茶(特に紅茶)を冷却すると白濁化する現象(クリームダウンとよばれ茶のすい色や苦渋味を変化させる)や茶飲料やワインなどの渋味を持つ飲料が食事の際に口の中をサッパリさせる作用(口腔内リセット作用)を分子のレベルで解明する研究にも取り組んでいます(科学研究費補助金・挑戦的萌芽研究)。 “渋味飲料と料理の相性”に科学的根拠を与えることで、「渋味飲料が食事の際に世界中で飲料されている理由」を明らかするとともに、渋味飲料を活用した新しい食事スタイルの提案を目指します。

味覚は世界共通のものですが、緑茶を日常的に飲用する文化をもつ日本人は、渋味に対する親和性が海外よりも深いのではないかと感じています。これまであまり注目されてこなかった渋味の生理的意義を解明し、渋味の有用性や活用法を日本から全世界に発信していきたいと考えています。

プロフィール

(経歴)
2000年 日本獣医畜産大学獣医畜産学部畜産食品工学科 卒業
2002年 静岡県立大学大学院生活健康科学研究科食品栄養科学専攻修士課程 修了
2005年 名古屋大学大学院生命農学研究科応用分子生命科学専攻博士課程 修了
博士(農学)取得(名古屋大学)
2005年 学術振興会特別研究員
2006年 静岡県立大学食品栄養科学部 助手
2007年 静岡県立大学食品栄養科学部 助教
2015年 本学栄養学部 准教授

(受賞)
2011年 日本農芸化学会 BBB論文賞
2014年 日本農芸化学会 BBB Most-Cited Paper Award
2014年 日本農芸化学会 農芸化学奨励賞

主な研究課題

  • 食品成分(主に植物ポリフェノール)と生体成分の分子間相互作用解析
  • 渋味の発現機構と生理的意義の解明
  • 茶の口腔内リセット作用(口の中をサッパリさせる効果)の分子化学的検証
  • 茶クリームダウン機構の解明

2専攻設置でより高い専門性を持つ
スペシャリストを育成

栄養学部 学部長 池田 清和

2016年度から神戸学院大学栄養学部は、管理栄養士を目指せる「管理栄養学」と臨床検査技師を目指せる「生命栄養学」の2専攻設置となります。本学栄養学部はこれまでにも約4000人の管理栄養士と約800人の臨床検査技師を輩出し、高い教育力を自負しています。2専攻設置により、さらに即戦力がありチーム医療に貢献できる人材を育成する学修の場となるでしょう。今後も50年の伝統の学びと最新の学びの両面を教授していきたいと思います。

管理栄養士は、子供から高齢者まで幅広い世代の人と接するため、患者・利用者と同じ目線に立ち、対話することが重要になります。常に相手の立場を考えて行動できるような管理栄養士を育成したいと考えています。また、臨床検査の分野は機械化が進んではいますが、人の手を必要とする部分が多くあります。知的好奇心を持ち、物事を着実に正確にこなし、医療現場に貢献できる人材になってほしいと思います。

医学の世界は日々進歩しているため、常に努力し、学び続けることが大切です。本学栄養学部の学生には、何事にも積極的に取り組む姿勢を持って、自分の可能性を広げてほしいと願っています。

in focus 一覧