2012年10月
痛みを抑制する「DHA」の働きを追究in Focus

神戸学院大学のSocial in ~地域社会とともに~
痛みを抑制する「DHA」の働きを追究  慢性の痛みに苦しむ患者が増加するなか、痛みを抑制する新たな因子となる可能性を秘めた多価不飽和脂肪酸「DHA」に注目。慢性疼痛(とうつう)におけるDHAの役割と、痛みを制御する新規機能の解明に取り組んでいる。 薬学部助教 中本 賀寿夫

DHAが痛みを抑制する

「健康食品やサプリメントでも知られるDHA(ドコサヘキサエン酸)には、関節リウマチや神経障害性疼痛など慢性の痛みを抑制する働きがあります」と中本賀寿夫助教。現在、日本には慢性疼痛に苦しんでいる患者が約2,000万人も存在するといわれ、中本助教が取り組む「DHAの新規疼痛制御機能の解明」と「慢性疼痛時における脂肪酸受容体GPR40を介した新規疼痛制御機構の解明」に関する研究は、2010年度、2012年度の科学研究費補助金(文科省)と2012年度の武田科学振興財団「薬学研究奨励」の申請が採択されるなど期待が大きい。

「DHAは、生体内の脳に多く存在している必須脂肪酸です。私たちはDHAを母親から受け継いで生まれてきますが、体内ではほとんど合成できず、青魚などを摂取することで補充していかないと消費され欠乏してしまうことが分かっています」。

では、そのような性質を持つDHAが、一体どのような仕組みで痛みを抑制するのだろうか。

薬学部助教 中本 賀寿夫

「私たちの体には痛みを抑制する防御機構が備わっています。痛みを感じると脳内にあるβ-エンドルフィン(脳内麻薬様物質)などの因子が遊離されて、痛みを抑制する方向に働きます。しかし慢性疼痛の患者さんは、痛みを抑制する生体内の機構が破綻しているのではないかといわれています。それなら、このような疼痛制御機構を何らかの形で活性化させてやることで、痛みを改善できるのではないか。私たちは徳山尚吾教授の指導の下、3年間の研究により、DHAが脳内でβ-エンドルフィンの遊離を促進し、痛みを抑制する機構を発見しました。そして現在は、DHAの痛みを抑制する機構を解明するために、DHAが作用する脂肪酸受容体GPR40に焦点を当て、これらを介した痛みを抑制する機構の解明および慢性疼痛下における脂肪酸の役割についても研究を進めているところです」。

DHAが「痛みのシグナル」を調節する

また中本助教は、DHAは、痛みを収束するような方向に導く脂肪酸だと考えている。「脳内に蓄積しているDHAは、痛みを感じると、それを抑制しようと切り出され、消費されていることが予想される。つまり慢性疼痛の患者さんは脳内のDHAが欠乏することによって、生体内の痛みを抑制する機構の破綻を招いているのではないかと考えています。したがって、DHAなどの脂肪酸の調節が、痛みのシグナルを調節できるのではと期待しています」。


さらに中本助教が取り組み始めているのが、脳内の脂肪酸 (DHAなど) のイメージング解析だ。「脂肪酸解析に関する技術の進歩によって、DHAなどの脂肪酸が脳内のどこに、どのような形で局在しているかが可視化できるようになり、次第に脂肪酸の役割が解明されつつある。慢性疼痛の患者さんの脂肪酸の局在変化が明らかになれば、痛みを引き起こす機構がさらに解明でき、疼痛治療のための新たなバイオマーカーの探索や創薬のヒントとなるものが得られるのではないかと考えています」。

中本助教がDHAに興味を持ったのは、前任大学の医学部に在籍していた時。「DHAは摂取すると中性脂肪値が下がることや、心血管イベントの発症リスクを抑制するなど、これまでに多くの疾患に対して有効性が報告されておりますが、その具体的な機構はほとんど分かっていないのが現状です。現在、脂質メディエーター(生理作用を持つ脂質)に関する研究がとても注目されており、私自身も、さまざまな可能性を秘めた非常に面白い研究テーマだなと感じています」。

今後の目標をたずねると、「今はまだ、DHAが痛みに関係しているのではないかという動物レベルの研究段階ですが、慢性疼痛で苦しむ患者さんのためにも、基礎研究と臨床研究がリンクして慢性疼痛の機序解明や治療薬の開発につながっていくことが夢ですね。また慢性的に痛みがある患者さんは『うつ』や『不安』といった情動的変化を伴い、その後のQOL(生活の質)が著しく低下することが分かっています。『うつ』を発症した患者さんの脳の中を調べてみると、DHAなどの脂肪酸のレベルが下がっていることが臨床的に分かっています。DHAは痛みだけでなく、その後の二次的に発症する『うつ』や『不安』といった情動的変化に対しても制御可能な因子となるのではないかと考えております」。

常に「研究マインド」を持ち続けることが大事

薬学部で学生生活を送っていた頃は、病院薬剤師を希望していたが、「小さな薬がなぜ、こんなに体の大きな人間に効くのだろうと不思議に思っていました。日々多くの刺激を受ける研究生活を続けていく中で、いつの間にか私の目標は大学教員の道へと変わっていました」。

薬学部助教 中本 賀寿夫

薬学部では「薬学入門英語」の授業を担当している。そして臨床薬学実習では、フィジカルアセスメントや薬剤師に求められるコミュニケーションなどについて指導しているという。助教として、日々の中心はあくまで教育だが、その傍らで研究を行っているという。

学生たちに最も学んでほしいことは、「研究マインドですね。病院や薬局で働くことになり、患者さんが何かを訴えてきた時に、簡単にスルーしてしまっては問題を発見できません。なぜだろうと一歩踏みとどまって考える姿勢を学んでほしいと思います。研究の世界は分からないことばかりですが、だからこそ、真実は一つであるという一つの信念を持って突き進んでいってほしいですね。また、思いやりや労りの心など、『医療人』としての心構えもぜひ培ってほしい。ただ単に調剤した薬を渡すだけでなく、この薬が目の前の患者さんにどう効くのだろうということまで深く考えてほしい。さらに、どういう尋ね方をすると患者さんの率直な思いを引き出せるのかなど、双方向のコミュニケーションを意識しながら、しっかりと対話できる薬剤師になってほしいです。今後も学生さんの目標達成のために、私はできる限りのサポートをさせていただきたいと思っています」。

プロフィール

2004年、神戸学院大学薬学部薬学科を卒業。06年、岡山大学大学院医歯薬学総合研究科・博士前期課程修了。09年、岡山大学大学院医歯薬学総合研究科・博士後期課程修了。博士(薬学)。06~09年、岡山大学大学院医歯薬学総合研究科・アンチエイジング食品科学講座助手。09~10年、神戸学院大学薬学部 レクチャラー(講師)。10年から現職。

主な研究課題

  • ドコサヘキサエン酸の疼痛制御機能の解明に関する研究
  • 慢性疼痛時における長鎖脂肪酸受容体 GPR40 の役割に関する研究
  • 中枢性疼痛の発症メカニズムの解明に関する研究
  • オピオイドと抗がん剤の相互作用に関する研究
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