2010年1月
これからのリハビリテーションや介護はどうあるべきか・・・ 高齢社会の日本が抱える課題に、真正面から取り組むin Focus

神戸学院大学のSocial in ~地域社会とともに~
備酒 伸彦 総合リハビリテーション学部医療リハビリテーション学科 准教授 これからのリハビリテーションや介護はどうあるべきか・・・。高齢社会の日本が抱える課題に、真正面から取り組む。

誰もが安心して長寿を喜べる世の中を目指して

備酒 伸彦 総合リハビリテーション学部 准教授
備酒 伸彦 総合リハビリテーション学部 准教授

日本社会はすでに「超」のつく高齢社会を迎えている。65歳以上の人口比率はいまや世界一で、この先さらに高齢化が進み、2025年には日本の人口の3人に1人が65歳以上という、世界でも先例のない社会の到来が予測されている。もちろん、長寿は喜ぶべきことではあるが、その反面、医療や介護などの問題や課題が山積している。

総合リハビリテーション学部で、高齢者リハビリテーションと介護が専門の備酒伸彦准教授は、25年前に兵庫県内の病院に理学療法士として勤めて以後、高齢者のリハビリテーションや介護の現場と長年向き合ってきた。その経験や知識をもとに、理学療法士の育成とともに「本当に役立つ地域ケアの確立」に取り組む。

備酒准教授が目指すのは、「老いも若きも、誰もが安心して本当に長寿を喜べる世の中」。それには、社会全体で高齢者の暮らしや健康を支援するシステム、画一的ではなく、一人ひとりきめの細かい福祉サービスを提供できる環境や仕組みづくりが欠かせない。その実現のためにまず必要なのは、私たち一人ひとりの意識の変革。准教授は「高齢者や障害者ケアの現場にいる関係者も含め、一人ひとりがもっと関心を持ち、考え方を変えることが大切です」と力説する。

リハビリテーションの本質は、一人ひとりの“牛小屋”を見つけること

備酒 伸彦 総合リハビリテーション学部 准教授
備酒 伸彦 総合リハビリテーション学部 准教授

社会人の学び直しニーズ対応教育推進プログラム 事業本部

一般的にリハビリテーションの役割は、老化やけがなどで低下した身体機能を回復、また日常動作の能力を維持することにあるとされている。

ところが、備酒准教授からは「リハビリテーションというと体に注目しがちだけれど、動こうという気持ちも同じくらい大切なんですよ」と、少し意外な言葉が返ってきた。意味を問うと准教授は一つのエピソードを紹介してくれた。

兵庫県の北部地域で仕事をしていたときの話です。80歳で脳卒中を患ったⅠさんには左半身に麻痺がありました。歩けるほどの身体能力はあったのですが、それでもⅠさんは起きあがりません。ケアスタッフは焦りました。そこで開かれたカンファレンスで、60年にわたって牛の繁殖を続けたⅠさんを「牛小屋に誘ってみよう」というアイデアが出てきました。これには誰も異論はありません。様々な用意をした上で、Ⅰさんを牛小屋に誘う日がやってきました。「Ⅰさん、牛小屋へ行ってみませんか」、この言葉に、Ⅰさんはベッドに自ら起き上がりました。車いすで牛小屋にたどり着いたⅠさんは立ち上がりました。6ヶ月間ただ寝ていたⅠさんが、麻痺のある手で牛の頭を撫でています。この日を境にⅠさんの生活は一変し、どんどん元気になっていきました。

備酒准教授はこのとき、人は〈動けるから動く〉のではなく、〈動きたいという思うから動く〉のだということをⅠさんに教えられたという。

ここにリハビリテーションの本質がある。「人の価値は身体機能の優劣だけではかれるものではありません。リハビリテーションや介護を考えるとき、できないことや危険なことを探すばかりではなく、その人にとっての“牛小屋”を探して、その“牛小屋”を実現すること。それもわれわれ“リハビリ屋”の仕事であることを忘れてはなりません。イソップ童話の『北風と太陽』のお話にたとえるなら、ポカポカしたお日様のような“支え”ができるリハビリテーションや介護を実現したいものです」と話した。

社会全体で理解を深めていくために

このようなリハビリテーションと介護がこれからの社会にとって当たり前のものになるように、備酒准教授は神戸学院大学独自の社会人教育プログラムを立ち上げるべく、2010年秋の開講を目指し準備を急いでいる。「高齢者・障害者福祉キャリアアップコース(仮称)」(※下記事業計画の概要参照)がそれで、高齢者・障害者福祉にかかわる、あるいはかかわろうとする社会人が教育を受け、そこで得た知識や経験を社会に還元するというものである。

「誰もが安心して長寿を喜べる世の中」となるには、社会全体で高齢者・障害者介護、リハビリテーション・ケアに対する理解を深めることであるというのが、備酒准教授が出したひとつの答えだ。その道のりは長く険しいことが予想されるが、准教授の長年現場で培われてきた知識や経験は、その熱い想いとともに学部学生や社会人の教育に注ぎ込まれ、そして近い将来、共に目指す心強い仲間となることを期待したい。

プロフィール

1983年、高知医療学院理学療法学科卒業し、理学療法士免許を取得。その後、理学療法士として、広野高原病院、兵庫県立加古川病院、兵庫県但馬県民局但馬長寿の郷などの現場で23年間にわたり地域ケアに携わる。2004年、神戸大学医学部保健学科理学療法学専攻博士後期課程修了、保健学博士を取得。2005年度から、神戸学院大学総合リハビリテーション学部に着任。現在に至る。

主な研究課題

  • 高齢者リハビリテーション
  • 高齢者ケア
  • 福祉教育

主な研究業績

  • 地域ケアを見直そう 医学書院(単行本、単著、2003年)
  • 標準理学療法学 運動療法学 「在宅における運動療法」 医学書院(単行本、共著、2001年)
  • 理学療法MOOK 高齢者の理学療法 「予防としての理学療法」 三輪書店(単行本、共著、2002年)
  • 理学療法チェックリスト 三輪書店(単行本、共著、2003年)
  • Changing attitudes to care of disabled older people within a changing health care system in Japan. Bulletin of Health Sciences Kobe Vol.19(神戸大学紀要、2004年)

神戸学院大学
高齢者・障害者福祉キャリアアップコース事業計画の概要

1.趣 旨
社会貢献は大学の「第3の使命」として位置づけられている。本学においてもこれまで総合リハビリテーション学部が中心となり実施してきた「社会人学び直し事業」をはじめとして、土曜公開講座、グリーンフェスティバルなど多種・多様な形で社会に貢献してきたところである。文部科学省の補助事業として現在実施している「社会人学び直し事業」は今年度をもって終了するが、高齢者・障害福祉に携わる人材育成のニーズは依然として極めて大きい。そこで、現在実施している「社会人学び直し事業」のプログラムを見直し、平成19年の学校教育法の改正により創設された履修証明制度を活用した新たなプログラムを開設することにより、今後より一層、社会へ貢献していくことを目的として本コースを開設する。
2.コースの概要
高齢者・障害福祉に携わる人材が社会的ニーズに比して不足していることが大きな問題となっている。また、広範な課題を包含する高齢者・障害者福祉について、系統的な教育が十分に提供されているとはいえない。このような状況に鑑み、①高齢者・障害者福祉に関わろうとする社会人に教育を受ける機会を提供し、②その資質向上と就業意欲の向上を図り、③もって人材の有効活用へと繋げる。
3.カリキュラム【予定】
(1)必修科目 (4科目必修) *本プログラムのために開講する科目
障害者リハビリテーション・福祉論 (90分×22回)
生活環境・ユニバーサルデザイン概論 (90分×15回)
高齢者リハビリテーション・介護論 (90分×22回)
救急医学 (90分× 7回)
(2)選択科目 (2科目選択) *既存科目(聴講生として受講)
健康科学入門 (90分×15週)
食の科学ⅠまたはⅡ (90分×15週)
薬の科学ⅠまたはⅡ (90分×15週)
環境の科学ⅠまたはⅡ (90分×15週)
現代の医療と福祉ⅠまたはⅡ (90分×15週)
こころの科学 (90分×15週)
ヒトの科学 (90分×15週)
4.教育コースの学習量【予定】
必修科目時間数 90分 × 66回 99時間
選択科目時間数 90分 × 30回 45時間
総履修時間 90分 × 96回 145時間
5.コース修了者に対する証明方法
学校教育法第105条及び学校教育法施行規則第164条の規定に基づき、履修証明書を授与する。
6.事業実施体制
本学総合リハビリテーション学部が主体となって、教育カリキュラム設定、募集、受講生育成指導その他について本事業を運営する。
7.本事業の期待される効果
教育プログラム終了後は、高齢者・障害者福祉に関する高い知識と技術及び深い理解をもって、様々な福祉現場(特別養護老人ホーム、グループホーム、通所介護事業所、障害者施設、障害者へのサービス提供事業所 等)への意欲をもった就業、現場でのリーダーシップの発揮が期待される。
また、本プログラムは学校教育法に基づく履修証明制度を活用することにより、法に基づくものであることを履修証明書に明示して証明することができる。また、現在政府全体で推進している職業能力形成システム(ジョブ・カード制度)において、法に基づく履修証明を「ジョブ・カード・コア」として記載することができる。
8.定員【予定】  30名
定員に満たない場合でも、「プログラムへの参加意欲」、「プログラムの実施に協調的に臨めるか」などの観点から選考を行う。選考方法は未定。
9.プログラムの開始時期【予定】
2010年後期(9月)開始を予定
10.プログラムを実施する条件【予定】
プログラム受講者の応募が10名に達しない場合は、当該年度のプログラムは実施しない。
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