2007年10月
人間を探求し、道具を研究し、技術を追求する 作業療法の第一人者in Focus

古田 恒輔 総合リハビリテーション学部 医療リハビリテーション学科 教授

リハビリテーションとは、人権の再獲得

古田 恒輔 総合リハビリテーション学部 医療リハビリテーション学科 教授

私は作業療法士として医療現場で8年間勤め、その後、作業療法士の養成教育に携わってきました。作業療法士とは、心身に障がいのある人に治療手段としての多様な作業活動を提供し、機能の回復や社会への適応能力の向上を図るセラピスト(療法士)です。身体や精神面で問題をお持ちの方だけでなくその可能性がある方まで全年齢層を対象としています。一般的にリハビリテーションという言葉は機能回復訓練の意味に用いられがちですが、本来の意味は再適応・全人的復権です。私たちセラピストは、クライエントの問題ある部分を治すことに全力を尽くしますが、それでも障がいが残ることがあります。そこで治療が終わりであるならば、機能の回復がなければ、社会に復帰できないことになってしまいます。失ったものを補う手段の一つとして、「環境の調整」と「道具の利用」が存在します。

歩くのは無理でも、指でスイッチを押したり、手でレバーを操作することができれば、自由に走り回れる電動車イスが使えます。時には元気な時より遠くまでより早く移動できることもあります。“元の暮らし”=“元の身体”とは限りません。障がいが残存しても残された能力を生かし、環境と道具を活用して、以前のような暮らしを実現する方法もあるのです。大切なのは、気兼ねなく、気後れすることなく、障がいと共に自由にのびのびと暮らしていくこと、人としての尊厳を保ちながら生きていくということ。これが、全人的復権なんです。

フィールドは、箸から住宅まで

貼るだけで利用できる「滑り止めテープ・シート」は、文具などにも応用できる優れもの

1990年、ECART1(イーカートワン)という、ヨーロッパで初めて開催されたリハ支援技術のカンファレンスで、私は自分で試作したお箸の自助具を題材とした研究発表を行いました。かなりアナログで、なおかつ異なる文化の道具であるにもかかわらず大きな反応と評価を得てお箸がアジアだけのものではないと驚きました。こうした道具づくりや機器の研究開発などは、学生時代から行っていましたが、今では、ユニバーサルデザインという観点で、道具だけでなく住宅改修といった空間のプランニングもしています。いわば“お箸からお家まで”が私のフィールドです。

病院に勤めていたころ、リウマチの患者さんに、一人で服や靴下が身に着けられる“棒”をつくってあげたことがあります。すると、その棒を欲しいという人が他にも現れました。しかし、その人が棒を手に入れるには、私のいる病院を訪れ、診察を受け、診察料を払い、患者とならなければなりません。手づくりですから数に限りもあります。そして私が病院を去ったら、棒はもう手に入りません。いつでも、どこでも、一人でも多くの人に役立つ道具を提供するには、量産体制と販売チャネルが必要だと痛感しました。ですから今、産学官協働による商品開発などに力を入れています。

キーワードは、安・楽・安・満

沖縄の福祉施設で臨床テストされた「滑り止めテープ・シート」

今まで医療の分野で人のからだを探求し、人のくらしを追究してきた結果として、どうすれば道具が人々の生活を支えることができるのかを考えて道具を作ってきました。数年前までは,“日本で最初の福祉用具や介護機器に最も詳しい作業療法士になる”というのが私の目標でした。しかし今後は、人と道具と暮らしを結びつける技──つまり、“使いこなしの技”というものも追求してゆくことが重要だと考えています。道具と、その道具を使いこなす技術は、障害者や高齢者に限らずすべての人に関係することです。そのキーワードを私は、“安・楽・安・満”と呼んでいます。すべての人の安心、楽しさ、安全、満足のために、という意味です。心身と環境、環境の中の住まい、道具、そして光や風や香り。これらを総合的に判断し、生活環境を人々にとって適切な状態に整えることが私の考えるリハビリテーションであり、これからの潮流でもあると考えています。

プロフィール

1978年、国立療養所近畿中央病院附属リハビリテーション学院作業療法学科卒業。2002年、神戸大学大学院医学研究科 修士課程卒業。1978~1986年、兵庫県社会福祉事業団玉津福祉センター 兵庫県リハビリテーションセンター附属中央病院勤務。1986~1993年学校法人藍野医療技術専門学校勤務。1994~2003年、大阪府立看護大学医療技術短期大学部作業療法学科講師。2003-2004、大阪府立看護大学 総合リハビリテーション学部講師、2004年に本学総合リハビリテーション研究所教授着任後、総合リハビリテーション学部を立ち上げて現在に至る。

主な研究課題

  • 介助用車いすの設計と試作(日本リハビリテーション工学カンファレンス論文集:1992年)
  • カーフ(carf)システム(汎用車いす座位保持システム)の開発(日本工学カンファレンス論文集:1995年)
  • ケアマネジメントのための福祉用具アセスメント・マニュアル(中央法規出版:1998年)
  • 高齢者のための車いすシーティング(テクノエイド協会 福祉用具プランナー:2003年)
  • 床面構造が高齢者用車いすの走行特性に及ぼす影響(神戸大学医学部保健学科 紀要:2004年)

他多数

Focus on Lab ―研究室リポート―

「古田恒輔教授の新発想と研究開発力、
東レの技術がコラボレートした福祉用具が製品化」

2007年9月、神戸国際展示場を会場に「国際フロンティア産業メッセ2007」が開催されました。本学からは、古田恒輔教授が参加。古田教授が研究開発指導と臨床評価の計画・実施を担当した『すべり止めテープ・シート』をブース出展し、ステージ上でプレゼンテーションも行いました。

この『すべり止めテープ・シート』は、財団法人テクノエイド協会の福祉用具開発助成を受け、東レ株式会社と神戸学院大学が共同で研究開発・評価した、産学官協働プロジェクトの成果です。病院や介護施設の手すりなどをはじめ、さまざまな用途が考えられるすべり止めですが、その画期的なコンセプトを一口で言うと、“ほどよく止まりほどよく滑る”すべり止めなのです。特に高齢者にとっては、滑るのはもちろん、止まりすぎても危険なため、止まりと滑りのバランスを考えた製品開発は画期的なことといえるでしょう。これは、人の動作を熟知した古田教授ならではの新発想であり、特許も申請中です。もちろん、他にもさまざまな機能性を有し、製品化までには約2年を費やし、最終的には、商品として販売することを念頭に置いているそうです。教授とともに出展ブースの運営にあたった東レの福井さんは、「あるようでなかった製品。プレゼンを聞いてくださる皆さんの驚きの表情を見ると、苦労が報われます。高齢者や障がいのある方のためだけでなく、ユニバーサルデザインの視点からステーショナリーとしての使い方など、さまざまな可能性を探っていきたい」とおっしゃっていました。

会場で熱心に語る古田教授。このプレゼンテーション後、教授の提案を受けてコンタクトをとる業者の方の姿も。 古田教授とともにテープ・シートを開発された東レ株式会社機能製品事業部の福井さんと一緒に。
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