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神戸学院大学の研究最前線
大気から選択的に直接二酸化炭素を回収する吸収・放出剤を開発
稲垣 冬彦 薬学部 教授
地球温暖化の原因の一つとされる二酸化炭素(CO₂)を大気から直接回収する技術「ダイレクト・エア・キャプチャー(Direct Air Capture)」が世界各国や企業、研究者から注目されています。有機反応化学研究室の稲垣冬彦教授が開発したのが化合物アミンを使い、CO₂を選択的に吸収・放出できる材料です。2015年の気候変動枠組条約締約国会議(COP21)で決まったパリ協定では日本は2030年までにCO₂を26%削減することになりました。新材料が脱炭素への切り札となるか。稲垣教授に聞きました。【取材は広報部】
稲垣教授の写真

水をはじくフェニル基が重要な役回り

 広報部 CO₂回収技術で材料にアミンを使うこと自体は新しい発見ではありませんね。どこが新しいのでしょうか。
 稲垣教授 火力発電で排出されたり、石油精製で発生したりする炭酸ガスを処理するのに、アミンを使うことは40年前からエネルギー関係の大手企業が取り組んできました。アミンは有機物に多く含まれており、安価なコストで手に入りやすい化合物です。ただ、アミンは親水性が強くてCO₂と一緒に水も取り込んでしまい、CO₂回収の効率が悪いのです。新たな発見は疎水性のあるフェニル基(注)をアミンにくっつけることで、CO₂だけを選択して吸収する割合が飛躍的にアップしました。フェニル基にも多数のタイプがありますが、タイプによって含水率は0~25%に減らすことができました。
(注)フェニル基はベンゼンから水素原子一つを除いた原子団。化学式はC₆H₅

 広報部 CO₂だけを選択できるのはなぜですか。
 稲垣教授 エックス線による結晶構造の解析で分かったのですが、CO₂の両側面をフェニル基の2重膜がサンドイッチのように囲み、水をガードしているからだと考えられます。
 広報部 CO₂を回収した後、どう処理しますか。
 稲垣教授 CO₂を取り込んだ材料はセ氏100度以上にすると、今度はそのCO₂を放出します。その後CO₂は、地中や海底の岩盤に貯留する方法が知られています。また、放出された炭素は化学製品や医薬品の製造に活用することが期待できます。

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温暖化防止に必要な技術と確信

 広報部 CO₂を回収するのに、さらに高温を必要とする海外の事例などに比べると、100度で可能というのは魅力的に思われます。マスメディア報道などによると、欧米の各社はCO₂1トンあたりの回収コストは600ドルなどと試算しています。あとはコストをどこまで落とせるかという問題ですが、実用化に向けて企業などとは交渉が始まっていますか。
 稲垣教授 既に数社から問い合わせがあり、具体的には明かせませんが、交渉は進めています。国のバックアップにも期待しています。コストの問題はありますが、問い合わせが多数来ていることからも、近い将来必ず必要になる技術だと確信しています。
 広報部 そもそも大気中に0.04%しかないCO₂が地球温暖化の原因なのかという根本的な議論もありますね。
 稲垣教授 そういった議論も承知しており、興味深い点の一つです。ただ、この命題の解決は、まずCO₂を減少させてみないと分からないと考えています。

日高 興士さんの写真

異色の研究? 「薬学だからこそ生まれた」

 広報部 ところで、この新材料の発想はどこから生まれましたか。
 稲垣教授 かつて、ヒトの体の中で産生するCO₂がどのような役割を果たしているのかを知りたくて、脳内の情報伝達物質であるアミン類に着目して研究し始めたことがきっかけでした。環境問題解決を目指し、薬学分野からの研究は異色と捉えられることもあります。ただ、私たちの技術は、薬学だからこそ生まれてきたものでもあります。そのこだわりとして、私たちは、CO₂選択的吸収・放出”剤”と呼称しています。材料ではなくクスリと捉えて研究を進めています。
 広報部 マスメディアで報道されるなど、この新材料(吸収・放出剤)は対外的にも知られるようになってきました。地球温暖化防止に貢献できればうれしいですね。
 稲垣教授 おかげさまで、東京で2019年12月に開催された内閣府など主催の「地球環境再生に向けた持続可能な資源循環の実現」を目指して開かれたムーンショット国際シンポジウムでも発表させていただき、予想以上の反響がありました。CO₂の排出削減や活用が求められる業界では「Direct Air Capture」技術全般に対する高い関心があります。

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