2008年8月

學報トピックス

◆ 「2008年度 神戸学院大学法学部 切詰ゼミナール討論会」を開催
― 2008年7月5日(土) 神戸学院大学 有瀬キャンパス 151M講義室 ―

7月5日、有瀬キャンパスで「2008年度 神戸学院大学法学部 切詰ゼミナール討論会」が開催されました。切詰ゼミナールの1期生(3年次生)と2期生(2年次生)各3名の計6名が論者となって壇上に上がり、まず、与えられた問題の内容からどういった結論が導きだされるかを述べ、その根拠となる論旨を展開。それぞれの論旨に対する参加者からの質問に、各論者が答えていくという形式で進行しました。会場となった151M講義室には、法学部だけでなく経済学部や経営学部など他学部の学生も多数集まり、240名あまりの座席は満席となりました。論者に対する質問も活発に行われ、熱気溢れる討論会となりました。

討論会の手順を説明する切詰講師
討論会の手順を説明する切詰講師
次々と質問の手が挙がって熱気溢れる議論が展開
次々と質問の手が挙がって熱気溢れる議論が展開

討論会問題

出題: 神戸学院大学法学部准教授 加藤雅之

2001年、不動産業を営むYは、甲県内の複数の賃貸マンションの建替え事業に着手し、建替え後の建物について分譲に供することを予定していた。そこでYは、管理する賃貸マンションに居住する者に対して、建替え後の分譲マンション(以下、本件マンションとする) 購入を希望し、一定期日までにそれまでの住居を明渡すなど建替え事業に協力した者については、一般公募に先立つ優先購入の機会の確保、入居する住宅が完成するまでの仮住居の確保および引越し費用の支払いを約束した。賃貸マンションに居住していたXはYの建替え事業に協力し、本件マンションを購入することにして、2003年6月に一戸約3000万円で本件マンションの一室を購入する売買契約を締結した。優先購入がされた後、Yは同価格(一戸あたり約3000万円)で分譲を開始したが、優先購入者以外に本件マンションを購入する者はほとんどいなかった。2004年6月に本件マンションは完成し、Xら優先購入者は引渡しを完了し、入居している。マンションの完成期日は予定通りであり、引渡し後の居住環境についても特に問題はない。ところが、本件マンションは2007年1月の時点で、全200戸中のうち70戸が売れ残っていたところ、Y は同年3月になって、売れ残り物件を約50%値下げして、一戸あたり約1500万円で販売することを決定し、同年7月より値下げ販売を開始した。その結果、2008年1月頃には、本件マンションの売れ残りは全200戸中10戸程度となった。なお、2002年6月頃の時点では本件マンションの近隣に新幹線の新駅が建設される計画があり、周辺の不動産価格 が上昇するという予想がなされていたが、2003年4月に新駅の建設計画は中止されていた。こうしたことから、複数の不動産業者が本件マンションの販売価格が分譲開始時点において高額すぎることを認識していたことが明らかになっている。以上の事例において、XはYに対していかなる請求が可能か、検討せよ。

討論会問題に対し、6名の論者が発表を行った後、切詰ゼミナールの4年次生から論旨に対する評価が述べられました。「情報提供義務の説明があまりできていなかった」などの指摘もありましたが、「きちんと論理を展開していた」「いい意味で予想外の論旨があったので勉強になった」など、おおむね好評でした。出題者の加藤雅之准教授は、「Xのマンション購入の目的が転売目的か居住目的かでXがYに要求することも違うはず。もっとシンプルに、Xが一番望んでいることは何であるかを考えて論旨を展開して欲しかったが、全体としてはよく理論が練られていた」と評価していました。討論会後には結果発表が行われ、1位は第五論者の福田真弓さん、2位は第一論者の河野成昌さん、3位は第四論者の近藤麻未さんという結果になりました。

今回の討論会で1位となった第五論者の福田真弓さん
今回の討論会で1位となった第五論者の福田真弓さん
討論会全般の総評を述べる加藤准教授
討論会全般の総評を述べる加藤准教授

各論者の論旨要点は次のとおり。

論旨要点

第一論者 河野成昌さん(切詰和雅ゼミナール/1期生)

Xのマンション購入の動機は、一般公募に先立ち優先購入できることにあったと推測される。そのため、Xに動機の錯誤はなく、民法95条を適用することはできない。また、表意者が錯誤に陥っていないことから、詐欺も成立しない。したがって、民法96条1項を適用することはできない。本件マンションの完成期日は予定通りであり、引き渡し後の住居環境も特に問題がないことから、Yに対して民法415条に基づく債務不履行責任を問うことはできない。不動産業者であるYは、Xに対して本物件に関する情報提供を行わなかったため、これがXの自己決定権の侵害にあたり民法709条に基づくXのYに対する損害賠償請求が考えられる。しかし、本件マンションの適正価格が明確でないこと、不動産価格は流動的であることなどを考慮すると財産的損害を算出するのは不可能なため、Yは民法709条に基づいて損害を賠償する責任を負うが、損害賠償額が算定できないため、民法709条に基づくXのYに対する損害賠償請求は認容されない。ただし、本件においてYは自己決定権というXの自由を侵害しており、また、Yは民法709条に基づく損害賠償責任を負っている。以上のような理由から、民法710条に基づく損害賠償請求のみ可能である。

第二論者 松森麻衣さん(切詰和雅ゼミナール/1期生)

本問内容から、Xは、本件マンションの価格、新幹線新駅建設および優先購入の機会の確保の諸事項につき、動機の錯誤に陥っていたとはいえない。よって、民法95条に基づく錯誤無効は認容されない。同様に、詐欺成立の要件である動機の錯誤はなかったと推測されるため、96条に基づく詐欺取消しも認容されない。本件マンションの完成期日は予定通りであり、引き渡し後の入居も履行され入居後も特に問題がないことから、履行遅滞、履行不能、不完全履行はない。したがって、Yに民法415条に基づく債務不履行責任は認められない。ただし、本件マンションを相場よりも高額な価格で販売したYには、重要事項についての説明義務違反が認められ、これによって、Xの適正価格を検討する機会を侵害したと考えられる。また、XはYによって自由な意思決定の機会を奪われ、本件マンションを高額で購入させられたことで信頼を裏切られている。以上の理由から、XはYに対し民法709条及び710条に基づく損害賠償請求と慰謝料請求を行なうことが可能である。

第三論者 塩見悠矢さん(切詰和雅ゼミナール/2期生)

本問にある諸条件から本件マンションが3,000万円の価値がないことを知らされていなかったXは、本来の価値を認識していなかったと考えられる。また、一般人であるXは購入マンションの適正価格を認識できないと思われるため、Xに重大な過失はなかったと考えられる。従って、民法95条に基づく錯誤無効の主張が可能。一般人であるXと不動産の専門家であるYの間では情報格差があり、Yにはその格差を埋めるための情報提供義務があるにも関わらず、Yは本物件に対する情報をXに提供していなかった。ただ、購入物件は予定期日に完成し、入居後の居住環境も特に問題がないとされていることからYはXに対して情報提供義務を果たしていると推測される。沈黙という不作為もないため、Yによる欺罔行為は認められず民法96条による詐欺の成立は不可。民法95条の適用による売買契約の無効、XからYに対する購入資金の支払いによる利益の授受、また、その資金の支払いによるXの損失が認められ、このことからYの利益とXの損失の間に因果関係があると考えられるため、XはYに対して、民法703条に基づく不当利得により、現存利益の返還請求が可能。さらに、3,000万円から1,500万円に購入物件の価値が暴落していること、XとYの間に売買契約が成立していなければ損害は生じていないこと、Yは売買契約締結時に高額であると認識していたにも関わらず Xに説明義務を怠ったことなどから民法709条に基づく不法行為の適用が可能。さらに、マンション価値の暴落はXの財産権を侵害し、精神的苦痛を被ったと考えられることから、民法710条に基づく慰謝料の請求は可能。

第四論者 近藤麻未さん(切詰和雅ゼミナール/1期生)

Xが当該マンションを購入した動機は一般購入に先立つ優先購入の機会の確保であると考えられるため、Xの動機に錯誤はみられず民法95条を適用することはできない。また、このように錯誤がみられない以上、YのXに対する詐欺は成立しないため民法96条1項を適用することはできない。不動産業者であるYには、Xに対して、契約書面内容の説明事項、消費者から説明を求められた事項、宅建業法35条に明記されている事項について説明義務があるが、3,000万円という物件価格が相場に比べて高額であるということに関する説明義務は宅建業法35条に含まれていない事項である。YがXに対して相場より高額であるという旨を説明しなかったこと自体は過失があったと認められるが、前述したように違法性はないためXのYに対する民法709条に基づく損害賠償請求は認容されない。Xが3,000万円で購入したマンションが後に半額になって販売されたことについてXに財産的損害があるか否かについては、問題文中には資産価値が下がった等のことは明記されていないので損害は発生していないと考えられ、民法709条の不法行為は成立しない。民法710条の文言上、本条が適用されるためには民法709条の要件を満たしている必要がある。しかし、前述したように、本件において民法709条の要件は満たされていないため、民法710条に基づく損害賠償請求は認容されない。以上のことから、XはYに対していかなる請求もできない。

第五論者 福田真弓さん(切詰和雅ゼミナール/2期生)

本問における売買契約において、YのXに対する当該物件に関わる説明事項は、建替時に変化したマンションの事情および必要な情報に関する専門知識にとどまると解される。入居後2年間の居住環境に特に問題がないことから、YはXに対する説明義務を果たしていたと考えられる。本件マンションの販売価格が相場より高額であったとしても、Yが相場通りの価格で販売する義務はなく、前述のようにYはXに対して必要な説明責任は果たしていると考えられるためYとXの間に価格に対する錯誤はなかったと考えられる。従って民法95条の錯誤の適用は不可。また、Xに錯誤がなく、Yは売買契約における説明責任を果たしていると考えられる以上、民法96条の詐欺の成立要件を満たしておらず適用は不可。民法709条の不法行為が適用されるためには、故意又は過失があること、権利侵害が認められること、現に損害が生じたこと、権利を侵害した行為と損害の間に因果関係があることという4つの条件を満たさなければならない。Xが購入した価格より後の販売価格が半額になったこと自体は、客観的に見てXの資産の減少はYの値下げに起因するものと考える。しかし、不動産の価値は老築化や築年数の経過、経済事情の変化等により左右されるため、一定の価格の維持を認めると事業者が著しい不利益を被る恐れがある。そのため、Yに価値を維持する義務はなくマンションの値下げには違法性がなく、値下げにより発生した損失は民法709条の意味する損害にはあたらないと考えるため、適用は不可。Yがマンションを値下げする義務を負わない以上、Xの権利を侵害したとはいえない。従って、民法710条は適用されず、損害賠償請求はできない。

第六論者 橋井佑典さん(切詰和雅ゼミナール/2期生)

本問における本件マンションの価値は客観的に3,000万円ではなかったと考えられる。Xはその金額を認識したうえで購入しているが、意思の形成過程で思い違いがあり動機と事実との間に不一致が生じているので動機の錯誤があると考えられる。しかし、民法95条の錯誤規定の適用を考えた場合、本問においては、動機の錯誤は意思の形成過程における錯誤であり法律行為の要素に関する錯誤には含まれないため、Xは民法95条の錯誤規定による意思表示の無効の主張はできない。また、本件マンションの価格に関しては、Yの自由意思で決定できること、入居後の居住環境についての問題がないことからYはXに対して本件マンションの情報そのものの説明義務は果たしていたと考えられ、Xの主観によって価格に対する判断がなされていたと考えられる。したがって、XY間の売買契約においてYによる欺罔行為は認められず民法96条による詐欺は成立しない。ただし、分譲マンションの性質として、価格が極めて高額であること、一生の間の取引が少ないこと、各部屋が同質的な構造であることから住民同士の公平感が尊重されるべきであることなどを考慮に入れて、値下げは回避されるべきである。購入価格からの値下げによって、YのXに対する財産権の侵害が認められ、Xの資産価値を減少させることによって財産的な損害を発生させている。さらに、財産的損害が生じることで行為と損害との間に因果関係が認められ、かつ、財産権の侵害を行なったことによるYの過失が認められることから、民法709条不法行為の規定に基づく損害賠償請求は可能である。民法709条が認められることにより、民法710条に基づく慰謝料請求も可能である。しかし、Xが2003年4月から6月にかけての2ヶ月間に本件マンションが客観的にみて高額すぎることを知る手段がまったくなかったとは言えず、Xに過失があったものと認められる。したがって、民法722条過失相殺の規定により損害賠償請求および慰謝料請求は減額したうえで可能である。

 

討論会を終えて

法学部 法律学科 切詰 和雅 講師

法学部 法律学科
切詰 和雅 講師

今回の討論会を開催する意義は、大きく2つありました。1つは、「自分たちのゼミだけでどこまでできるかやってみよう」というものでした。その一環として、3年次生と2年次生が立論者を担当し、4年次生が審査員を担当し、卒業生(切詰ゼミOB)に審査員を担当していただきました。また、準備から開催にいたるまで、すべてゼミナールの学生でやり遂げました。もっとも、関係各部署の皆様のご支援、当日討論会に参加していただいた学生のご助力がなければ、これほど盛大に討論会を開催することができなかったことは言うまでもありません。そのなかで、ゼミ生は、自分たちのゼミの力が足りない部分を認識するとともに、「可能性」をも見いだせたのではないかと思います。討論会開催のもう1つの意義は、「プレッシャー」です。普段のゼミの授業ではほとんど「プレッシャー」というものはありません。しかし、討論会ともなると、200人、300人の面前で自分の立論を展開し、質問に対して的確に回答しなければならないというプレッシャーが生じます。そのプレッシャーに打ち勝つために、ゼミ生一丸となって、討論会1ヶ月前から立論ならびに質問の準備をしてきました。また、プレッシャーがかかるのは立論者に限られたことではなく、質問者も同様です。このプレッシャーの中で、初めてあった学生同士が議論をすることの意義は計り知れないと思いますし、学問への意欲向上にもつながっていくのではないでしょうか。討論会の感想ですが、立論に関して言えば、論旨の理論構成および質疑応答について、ややつめが甘かったと思います。これは今後の課題といえるでしょう。ただし、全体としては、他学部の学生の参加が例年になく多かったことから、法学部生だからできる質問と、法学部生ではないからできる素朴な質問とが入り交じり、大変おもしろい討論会であったと思います。討論会は、相手の主張を正確に理解し、それに対していかに的確かつ理論的に自分の意見を展開することができるかといった能力を培える場だと思います。こうした能力は、社会でも必要とされます。学生たちには、この経験を今後も活かしていただきたいと願っています。

2008年度法学部法律学科卒業 慶応義塾大学大学院法学研究科修士課程在学中 隅谷 史人 さん

2008年度法学部法律学科卒業
慶応義塾大学大学院法学研究科修士課程在学中
隅谷 史人 さん

討論会の司会の要請を切詰先生からいただいたのは、開催の約1ヶ月前のことでした。このような討論会の司会を務めることは初めてでしたので、討論会の開催までに出題された問題を読み込んだり、以前に司会を経験された先輩から司会進行の予定表を見せていただいたりと、自分なりに準備をしてきました。開催にあたり、果たして何人の参加者が質問してくれるだろうかと不安に思っておりましたが、蓋を開けてみると、すべて当てるのが困難なほど大勢の方々に挙手をしていただき大変驚きました。その中にあっても、論者は熱意を込めて自らの論旨を主張し、大変活発な議論が行われていたのが印象的で、極めて意義深い討論会になったのではないかと思います。私自身も、かつて同様の討論会に参加した経験がありますが、このような討論会で論旨を展開するうえでは、導きだされる結論にかかわらず、その結論に至るまでの理論構築を自分の頭できちんと考えるということが最も重要なことであると思います。これは、私が現在大学院で行っている研究の基礎を占める部分でもあり、今回の討論会によってそのことを再確認することができました。こうした緊張感のある真剣勝負の場に参加したことは非常に良い刺激となりました。討論会では自分の思うままに理論を構築してゆく楽しさを味わうことができるので、次の討論会の際には、より多くの方々に積極的に参加していただきたいと思います。

2008年度法学部 法律学科卒業 影井 雪香 さん

2008年度法学部
法律学科卒業
影井 雪香 さん

私は今回の討論会で、討論会全体の時間をコントロールする司会補助という役目を務めさせていただきました。今回の討論会はいつになく多くの他学部の学生に参加していただき、質問者の数も多かった事は喜ばしいことです。けれど、時間内ですべての方に質問していただくことができず、その点が残念でした。
討論会や講演会に参加することは、見識を広める意味で非常に有意義なものです。そして、その内容・経験から様々に疑問を感じ取ることも大切な事です。例えば、「教科書に書いてあるから」、「判例としてあるから」それは正しい事だ、と覚えてしまうのではなく、事実関係に則して、どのような道筋を通ってその結論が導かれたのか理解する事が重要だと思います。数回前の討論会のサブタイトルにありましたが、“自分の頭で考えよう”ということが一番重要なのです。後輩たちには、何事に対してもそのままを信じるのではなく、さまざまな知識を取り入れた上で自分なりの考えを導きだしてもらえたらと思います。

閉じる