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vol.55

中国・上海市「第22回国際博物館学会(ICOM)」に参加して

経済学部 高島 博 教授

晩秋の上海は、多くの研究・教育の成果を与えてくれました。上海万博は、2010年10月末日で閉幕し、中国は多大な国際的貢献をしました。日本では、1970年に大阪千里の地で大阪万博(EXPO‘70)が開催されたのが記憶に残っています。神戸では、1981年にポートアイランドの完成を記念して開催されたポートピア博覧会がありました。

会場 EXPOセンター

会場 EXPOセンター

ICOMは、規模や内容からみて私の研究出張の中でも最も興味をそそるもので、参加国は122か国有余に及び、参加人数は最大級でした。大会は上海万博のEXPOセンターで行われました。感動したことは、中国政府要人による式辞にあった「中国のこれからの目標として、文化と経済は車の両輪であり、文化の発展に軸足をおいて諸課題を解決し、国際的役割を果たさなければならない」という気迫に満ちあふれた言葉でした。

このICOMでの日本人参加人数は60名ほどでしたが、7日夜の晩餐会には、多くの日本の博物館学芸員をはじめ、日本博物館協会関係者が参加していました。今回、栗原祐司氏(文部科学省文化庁文化財部美術学芸課長)と会話をかわすことができたことは、誠に光栄でした。私の郷里、伊賀上野(現伊賀市)出身の俳諧師、松尾芭蕉の生誕300年を記念して建設された、俳聖殿の重要文化財指定の一件を栗原氏から伺ったことは記憶に残りました(その後、11月ごろ伊賀市の広報を通じて知った時には、本当に喜ばしかったです。「ふるさとは遠きにありて思うもの」というべきであります)。

上海博物館

上海博物館

EXPOセンターでは、8日・9日・10日と各セッションに分かれ会議が進められ、それぞれの博物館でも研修が行われました。上海市にはさまざまな種類の博物館があり、その中でも私が最も興味を持って訪問した場所は上海博物館です。この博物館は4階建ての鼎を模した円形の建物で、空間を上手に使っている博物館でした。展示内容も優れ、配列の仕方にも工夫があり興味深かったです。また、中国の文化芸術の大切さを前面に展開しようとする意図を強く感じました。つまり、新しい文化産業としての博物館のあり方を示しているように思えました。我が国は中国と同じ漢字の文化を持ち、同じ仏教の文化圏の中で共通する、文化産業を生かした国づくりが必要であると再認識することができました。事実、昨年の上海万博の時、日本から里帰りした「鑑真和上坐像」(これは奈良唐招提寺の和上像ではありませんが、江戸時代の座像)を視力の弱い私の眼で発見したことは喜ばしかったです。それは、今回訪問した上海博物館に「鑑真と空海 日中文化交流の顕彰」展として展示されていた像でした。また、ミュージアムグッズは、バラエティーに富み、クオリティの高いグッズも多く、訪問者の消費意欲をそそるのはミュージアム・マネジメントの重要な点であると感じました。

上海孫中山故居記念館は、記念館と住居が併設されています。孫文の人となりがわかり、一革命家の生活をしていた場所を目にして非常に感銘を受けました。中国建国の父で博愛の精神をもち、革命を成し遂げていった英雄の人物像と、神戸の舞子の浜に建つ「移情閣」との日中の心の粋を感じました。

魯迅公園内にある魯迅記念館には、生前愛用していた筆記用具や遺稿、遺品などが展示されていました。魯迅の作品に仙台の東北帝国大学に在学中、藤野厳九郎をモデルにした小説『藤野先生』があります。この藤野先生のご兄弟が、本学の元薬学部の故藤野恒三郎先生です。今回の機会に魯迅記念館を訪れることができてよかったです。

また、上海市の中央郵便局の2階にある上海郵政博物館を元本学経済学部客員教授で元天津社会科学院日本研究の馬玉珍先生の案内で訪問させていただきました。この博物館は、大人も子どもも含めて郵便の歴史を学ぶようにできており、郵便列車の車両や馬車、車が陳列されており、子どもたちが楽しむ場所がありました。また、スタンプや切手のコレクション、特に子どものポスターを切手にしているのは、誠に興味を持つものでした。馬先生の通訳により、同博物館の秦国敏氏(副館長)と面会を許されました。その時私は2005年5月に出版した一枚の紙(『郵政事業の政治経済学』の広告、晃洋書房)の内容を記した書類を手渡し日本語で説明し、日本と中国との郵政事業について論じました。これはひとえに友人馬先生のお力添えです。私が少し話をしたのをきっかけに、秦副館長と博物館で日本語のできる職員の洪英蕾さんと馬先生とで熱心な議論が交わされていました。この博物館の基本的な考え方は、社会に役立つ「あなたの街の郵便局」です。将来は「こども郵便博物館」を提唱する私の考え方に共鳴してもらえているように思えました。この「こども郵便博物館」の考え方は、同著の第3部に記しています。

11日のエクスカーションは、いくつかのコースに分かれ、上海並びに近隣の各都市の博物館訪問でした。私は蘇州を選び、蘇州博物館、拙政園(蘇州四大名園のうちの一つ)、京劇の博物館を訪問しました。特に蘇州の地場産業振興のための一大工芸館である蘇州刺繍研究所は実に立派で充実していました。蘇州は、運河にぐるりと囲まれ、町並みが保存されている地区です。白壁の古い民家が立ち並ぶ川べりに見えた柳の風物が日本歌謡の蘇州夜曲の調べとともに心に残っています。この蘇州は、私の著書(『文化による地域づくり―一つの文化経済学的アプローチ―』晃洋書房,2009)で論じている地域づくり、まちづくり、人づくりというエコミュージアム構想にあてはまるものであると確信できました。

朱實先生と伊賀上野の祭の土鈴

朱實先生と伊賀上野の祭の土鈴

「俳の橋」のメンバーと馬先生

「俳の橋」のメンバーと馬先生

11月9日(火)上海教育国際交流協会において、研究報告の機会がありました。それは、知人でかつて2年間本学の客員教授であった朱實先生の主催する俳の橋研究会(これは漢字の俳句の研究会)です。私の研究報告の内容は、「俳聖松尾芭蕉と関西文化の先覚者川ア克堂と速水太郎翁について」を中心にして、伊賀上野における文化によるまちづくりを論議しました。(『地域づくりの文化創造力―日本型フィランソロピーの活用―』JDC,1999,第6章を中心に)私の基調報告に加えて、研究会では朱實先生による「芭蕉と中国との関わり」について誠に興味深い芭蕉芸術論を御教示下さいました。朱先生は日本において広く知られる研究者で、私はかつても日本経済新聞紙面でコラムを拝見したことがありますが、先生は抜群の経歴をお持ちで、中国の「北京週報」にも取り上げられています。私の知る限り先生の考え方は、中国文化の基調にある唐詩・宋詩は、日本の万葉集をはじめ文化芸術に影響を与え、そこから生まれた文化・芸術と現代の中国文化芸術との間に新たな潮流を大河として合流し、循環して新しい文化創造を作り出しています。中でも日本の芭蕉芸術は重要であるとい考え方に立っていると思われます。そのことから日本の俳句と中国の漢俳について研究されていると思います。20年ほど以前、朱實先生は二度にわたり伊賀上野城や俳聖殿、芭蕉翁記念館を訪ねられたと聞いております。私は日本と中国との国際的文化芸術交流を通じて、より一層の絆(本学と上海交通大学、上海財経大学、華東政法学院との間には国際交流協定が結ばれている)を強くすることの必要性を感じます。

この一文を締めくくるにあたり、11月7日から12日のほぼ一週間に及ぶ上海の国際博物館学会に参加・出張の機会を与えられたのは、岡田豊基学長、岡田芳男前学長、佐藤伸明経済学部長をはじめ経済学部のスタッフ、神戸学院大学事務職員の方々のおかげであり、ここに深く感謝申し上げます。

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