2018年6月 公開模擬裁判が育む問題解決の力と相互理解の心in Focus

神戸学院大学のSocial in ~地域社会とともに~ 公開模擬裁判が育む問題解決の力と相互理解の心 角森 正雄 Masao Kakumori 法学部 教授
神戸学院大学のSocial in ~地域社会とともに~ 公開模擬裁判が育む問題解決の力と相互理解の心 角森 正雄 Masao Kakumori 法学部 教授

半年かけて迫る裁判の現実味

2004年度、神戸学院大学法学部に赴任した最初の年から、私のゼミでは模擬裁判に取り組んでいます。模擬裁判というのは、学生が、弁護士、裁判官、原告・被告、証人などの役割を分担し、実際の事件をモデルにした架空の事件を、裁判の形式で扱うものです。 模擬裁判には、いくつかのスタイルがあります。法曹の養成を目的とした模擬裁判の場合には、日本の法制度に基づく厳密な訴訟手続きに則って行いますが、ディベートの延長のようなものもあります。また、あらかじめ脚本を書いておき、本番の裁判では原告、被告、裁判官それぞれの役割を演じ、傍聴席の参加者は観客になるというスタイルもあります。

私のゼミで行っている模擬裁判は、実際の民事裁判をモデルに、原告、被告、裁判官の3つのチームに分かれて裁判を展開します。できるだけ本物の裁判に近づけるために、実際の資料や証拠を数多く収集します。各種メディアの報道や、事故などの場合は調査報告書を参照し、インターネットからは写真や図面、実際の訴状など膨大な資料を集めます。学生たちは、消化しきれないほどの大量の資料と格闘し、時には、事件が起こった時とできるだけ同じ条件の日時を選んで現場検証を行うなどしながら、原告チーム・被告チームともに法的な論拠に基づいて互いの主張を展開するに足るだけの材料を集めていきます。

結末が分からない緊張感が特色

こうして半年ほどの準備期間を経て、本番当日には100人ほどの学生を傍聴席に集め、公開模擬裁判を実施します。一番の特色は、模擬裁判の勝敗を決めるのはゼミ生ではなく、公開模擬裁判で傍聴席に座る学生たちであるという点です。学生に加えて、時にはゼミ生の家族や一般市民も参加し、裁判員裁判の裁判員のような役割を果たします。

事件について一生懸命調べてきた学生たちではなく、何も知らない傍聴人が勝敗を決める模擬裁判には、あらかじめ脚本があるのとは違って、最後の最後まで判決がどう転ぶか分からないという緊張感があります。原告・被告チームはそれぞれ、自分たちに有利な判決をしてもらうため、できるだけ分かりやすく質問し、主張することが必要です。もちろん、あくまでも裁判なので感情に訴えるのではなく、法律に基づいて分かりやすく説明しなければなりません。法律を知らない人に法律を分かりやすく解説するという難題に、学生たちは主体的に取り組んでいくことになります。裁判官チームも、不公平な進行だと感じさせてはいけないし、公平・公正な判決をしてもらうために、原告・被告から事実関係や主張をうまく引き出すことも求められます。

模擬裁判のテーマは、社会的関心の高い事件の中から学生自身が選んで決定します。2004年度の最初の公開模擬裁判で扱ったのは、2001年に起こった「明石歩道橋事故」でした。まだ記憶にも新しく、神戸の学生にとっては非常に身近なテーマだったと思います。また、2017年度の公開模擬裁判では東日本大震災と裁判をテーマに、3年次生が「福島原発事故避難者訴訟」、2年次生が「大川小津波訴訟」を取り上げました。両訴訟とも地裁判決がすでに下されており、その審理がモデルになりました。

実際の大川小津波訴訟の第1審判決では、被告である石巻市・宮城県が敗訴しました。被告チームの学生は当初、「負けるに決まっている。子どもたちがたくさん亡くなっているのに、被告側に何が主張できるのか」とあきらめムードでした。しかし、特に自治体などの場合、負け戦の裁判を受けて立つことはほとんどありません。弁護士費用などの予算も使うし、議会が議決した上で裁判をするのですから、ある程度勝算もあるのです。「被告にも主張すべきところがあるのでは?よく考えれば、勝てる可能性があるはず」と学生たちを盛り上げました。もちろん、たくさんの子どもたちが亡くなった事件だけに、感情的には複雑でしょう。けれども、それだけに、法律には感情とは別の側面があるということをよく認識し学ぶことができたと思います。結果的に公開模擬裁判では、モデルとした裁判とは違った結論になりました。被告側が分かりやすい言葉で十分に主張したことで、傍聴席や裁判官チームの考えを動かしたのです。

実際の民事裁判では、原告・被告それぞれが、いかに証拠を出して有意な事実を主張できるかが裁判の行方を決めます。勝つ意志と意欲のある者、いろいろな証拠を集められた者が勝つ。そうした裁判のリアルな緊張感を、模擬裁判の現場にいた学生たちは肌で感じます。負けると悔しくて、次はもっと頑張ろうと一生懸命に証拠集めに取り組みます。こうして学生たちは、難しい法律を自ら積極的に学び、裁判の役割や意義を理解していきます。 さらに、公開模擬裁判は、さまざまな実践的な能力を養うことが期待できます。第一に、自ら調べるという姿勢。二つ目には、原告側、被告側、さらには自分自身の主張や気持ちについて筋道を立てて考え、整理し、自分で認識すること。同時に、相手方の立場を理解してこそ初めて反論や主張ができるということも体得します。三つ目には、自分の考えをできる限り分かりやすく伝える大切さを理解し、その技術を習得することです。どれも社会人として必要な能力であり、今の学生に最も身に付けてほしいことです。その意味でも、公開模擬裁判の教育効果は大きいと思っています。

大学を飛び出した模擬裁判

最近、この模擬裁判を地域の子どもたちにも体験してもらい、法律や裁判への興味を育て社会を見る目を養ってもらう取り組みを進めています。

一つは、2014年度から神戸学院大学と兵庫県立神戸鈴蘭台高等学校との高大連携事業の一環として行っている模擬裁判です。高校2年生の「総合的な学習の時間」に、法律の基本的な知識や裁判の仕組みについての出張授業を行い、争いはなぜ起こるのか、争いを未然に防ぐ方法はないのかなどについて一緒に考えます。その上で、実際に起こった事件の中から高校生にも身近な事例を選んで原告・被告・裁判官のグループに分かれて議論し、最終的には神戸学院大学ポートアイランドキャンパスにある法廷教室で公開模擬裁判を行います。これまでに、神戸鈴蘭台高校の近くで実際に起こった、小学生の自転車に激突された60代女性の損害賠償請求事件、お年玉で子どもが親に無断で買った高額な商品を返品して代金の返還を請求した事件などを取り上げました。

もう一つは、2016年度から実施している小学生による模擬裁判です。神戸学院大学の子ども向け体験型講座企画「KOBEこども大学」の一環として行っているプログラムです。最初の年に取り上げたのは、マンションがペット飼育を禁じているにも関わらず犬を飼っている入居者に対して、飼育禁止を求める訴えでした。子どもたちにも考えやすいテーマで自分のこととして解決法を探り、裁判は遠い世界のものではなく身近に起こりうる問題だと感じてもらうのが狙いです。

他の模擬裁判と同じように、小学生が原告・被告・裁判官の役割を担当します。時間は90分しかありませんので、ゼミの学生に証人役になってもらい、小学生が証人に質問して自分たちに有利な事実を引き出すスタイルを取りました。小学生にできるのかという不安もありましたが、子どもたちの自由な発言によって審理を進めていくほうが面白い裁判になると考えました。原稿なしのぶっつけ本番でしたが、小学生たちは非常に優秀でした。「なぜルールがあるのに、それを破って飼っているのか」「ペットを飼ってはいけないなら、この犬はどうなるのか。殺されてしまうのか」など、非常に分かりやすく、核心をついた質問が次々と飛び出し、証人役の学生もたじたじでした。また、裁判官役の小学生が下した判決は、「しばらく様子を見て、鳴いて迷惑になるようだったら、飼ってはいけないとすべき」というもの。近年、民事裁判では、どちらが正しいかをはっきり決めるというよりも、一定の条件を付した和解的な判決が注目されています。小学生たちが導き出した判決も、原告・被告の両者が納得できる、非常にえいのあるものだったことに驚き、感心させられました。

法律や裁判のイメージが変わる

法律について、多くの人は、避けたいもの、やっかいになりたくないものと感じているかもしれません。しかし、特に民事の法律は社会生活に密接に関わっており、私たちにとって非常に身近なものです。それを、子どもたちが体感するチャンスが、模擬裁判です。高校生からは、「裁判前は原告の勝ちだと思っていたが、結果は逆。裁判はどうなるか分からないということが分かった」「第一印象で軽々しく自分の意見を押し付けてはいけない。いろいろな言い分を聞いた上で判断すべきだと思った」といった感想が寄せられました。初めから答えが決まっている固定的なものだという法律や裁判に対するイメージが、大きく変わったようです。

2009年に裁判員裁判が始まって、日本国民には裁判員としての義務が課せられました。選挙権が18歳以上に引き下げられたことも併せ、若い世代への法教育の必要性が叫ばれるようになりました。2022年4月より成人年齢を現行の20歳から18歳に引き下げる改正民法が成立した今、法教育の一層の充実が不可欠です。罪と罰、自由と責任が問われる法律問題に「ただ一つの正解」はありません。模擬裁判という体験的な学びを通じて、複雑な問題を考え抜く思考力、相互理解や共生についての理解など、社会生活を営む上で必要な能力を育むことができればと思っています。

Focus on lab
―研究室レポート―

6月頃に公開模擬裁判のテーマを決めてから、本番の裁判まで約半年。日を重ねるごとにゼミ生たちの本気度は高まっていきます。現場検証に足を運び、主張を有利に展開するためのリアルな裁判資料を作り込むなど、やるべきことは目白押しです。夏休みに自主的に集まるほか、本番近くなると昼休みや休日も返上して準備に取り組みます。「調べれば調べるほど当事者の気持ちに入り込み、勝ちたいという気持ちが強くなった」(法学部3年次生・新宮郁亮さん)、「勉強している民法が裁判でどう使われるのかが分かり、法律を学ぶ意欲が高まった」(同・和田笑葉さん)。自分たちで調べ、考え尽くした主張を、多くの人に聞いてほしい、認めてほしいという気持ちが高まってくるそうです。模擬裁判のテーマは、各自が取り上げたい事件をプレゼンした上で全員の合議で決定します。社会的に注目された事件を題材に議論を尽くし、多くの人に裁判や法律に興味を持ってほしいと、ゼミ生たちは次の公開模擬裁判に向けて切磋琢磨しています。
※2018年度取材時

プロフィール

1977年3月 島根大学 文理学部 法学科 卒業
1980年3月 大阪大学大学院 法学研究科 博士課程前期 修了
法学修士(1980年 大阪大学)
1980年4月~ 富山大学 経済学部 経営法学科 助手 講師、助教授を経て
2000年4月~ 富山大学 経済学部 経営法学科 教授、同大学院 経済学研究科 教授兼任
2004年4月~ 神戸学院大学 法学部 教授・同大学院 法学研究科 教授兼任
同大学院実務法学研究科教授兼担(2013年3月まで)

主な研究課題

  • 将来給付及び差止請求訴訟
  • 模擬裁判を中心とした法学教育方法論
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