2012年5月
どんな病気でも必ず治す 強い信念のもと、難病の治療に挑み続けるin Focus

「知の”今”に挑む研究者たち」
どんな病気でも必ず治す。強い信念のもと、難病の治療に挑み続ける。松尾 雅文 総合リハビリテーション学部教授

小児科医としての使命を負い、
“不治の病”デュシェンヌ型筋ジストロフィーの治療に着手

松尾 雅文 総合リハビリテーション学部教授

わずか1kgほどの未熟児が急速なスピードで成長を遂げる―。大学で医学を学んでいた私は、このような新生児の驚異的な生命力に深い感銘を受け、小児科医の道を進むことになりました。

私が医者を志した当時は、呼吸障害で亡くなる新生児がかなりいました。そういった子どもたちを治してあげたいという一心で治療を行っていましたが、呼吸障害に対する新薬が開発され、随分多くの命が助かるようになりました。自分の役目が終わったと感じた私は、“不治の病”であるデュシェンヌ型筋ジストロフィーの治療法の研究に着手することになったのです。ちょうど40歳、不惑からの新たな挑戦でした。

原因と結果しか分からない、予防も治療も不可能な病気

筋力が低下・萎縮し、歩行困難な状態に陥る筋ジストロフィーは、細かく分けると20種類以上に分類されます。福山型という日本でしか発症例のないものもありますが、一般的に筋ジストロフィーと呼ぶ場合はこのデュシェンヌ型を指します。それほど、デュシェンヌ型筋ジストロフィーの発症頻度は飛び抜けて高く、3,500人に1人の割合で男性だけに発症します。また、生まれてすぐには症状が現れず4、5歳ごろから発症するのも特徴で、成長するにつれて病状は進行し、20~30歳までの間に死亡するケースがほとんどです。

この病気は遺伝子の異常を持った母親からの遺伝ですが、やっかいなことに、母親がキャリアでない患者も全体の3分の1を占めます。高い確率で突然変異が起こるのです。そのため、対処法を見つけるのにも困難を極め、未だに病気の進行を食い止める有効な治療法はありません。

現在、デュシェンヌ型筋ジストロフィーはX染色体のジストロフィンという遺伝子の異常で病気が発症し、成人を過ぎれば死に至るという“原因と結果”しか分かっていません。治療法はおろか予防法すらない病気なのです。

当初は全く理解されなかったジストロフィン発見治療理論

松尾 雅文 総合リハビリテーション学部教授

このような、難病中の難病であるデュシェンヌ型筋ジストロフィーの原因が明らかになったのは、1986年のこと。その後、私たちの研究グループは1989年に医療の現場で遺伝子診断を始め、ほどなく治療法の糸口となる発見をしました。

正常な遺伝子のつながりを「筋ジストロフィン号」という列車に例えたとします。この列車は3つの異なるパターンの連結器を持つ車両でつながっています。患者はその車両の一つに不具合が生じ切り離されてしまい、続く車両の連結器のパターンが異なっていて接続できません。そのため、列車は動けなくなってしまいます。そこで、ぴったりと当てはまる連結器を持つ車両までの間を1、2車両切り離します。こうして再度連結が完了すると「筋ジストロフィン号」は走り出します。このように車両をさらに切り離す方法が、私たちの導きだした治療法の元となる理論でした。

しかし、車両に例えたように、なぜ遺伝子の1部が欠落しても正常に機能するのかなど、この治療法の背景には常識を超えた点が多々あります。そのため、この治療法に懐疑的な専門家も多く、発表当時は見向きもされませんでした。

患者の未来に光明をもたらす、臨床治験の開発がスタート

その後、海外の製薬メーカーが私たちの理論に基づいて治療薬の開発に着手し、現在、臨床治験が世界的規模で行われるまでになっています。

こうした薬が数多く世に出てくれば、組み合わせて投与することでデュシェンヌ型の治療に大きな効果をもたらすことになります。まだまだこれからですが、この病気が“不治の病”でなくなり、患者や家族が笑顔を取り戻す日がそう遠くないのではないかと期待しています。

また、この治療法は遺伝子診断結果を基にしているため、今後の医療現場を変える可能性を秘めていることも画期的な点です。つまり、今は病名によって薬を選択していますが、今後どんな病気でも詳しい遺伝子の検査をすることで、患者の体質にあったオーダーメイドの投薬が可能になるということを示唆しているのです。

国際性と科学性を身につけることこそ、日本の研究現場を活性化させる

松尾 雅文 総合リハビリテーション学部教授

新生児や幼児相手の小児科医は、確実に、しかもすぐに病を治さなければならない。私は、学生時代からインプットされた使命感に突き動かされて、今まで難病と対峙してきました。これからも、その信念は変わりません。今後、そうした想いを受け継ぐ人材の育成は欠かせませんが、本学の学生には大いなるポテンシャルを感じているところです。

国際性と科学性を身につけること。これが、これからの若い人たちに求められる資質だと考えます。学生には、どんどん外へ出ていって社会に貢献する人物になってほしいと思います。

プロフィール

1972年神戸大学医学部卒業。1977年神戸大学大学院医学研究科修了。
1979~1982年まで兵庫県立こども病院勤務。
1992~2003年まで神戸大学医学部附属医学研究国際交流センター教授。
2003~2011年まで神戸大学院医学研究科小児科教授。
2011年から現職。

主な研究課題

  • デュシュンヌ型筋ジストロフィーの遺伝子診断・分子病態解明
  • デュシュンヌ型筋ジストロフィーの分子治療法の開発
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