2011年1月
工学技術の視点から福祉機器の開発の可能性を探り、臨床や使用者の生活に役立てたいin Focus

神戸学院大学のSocial in ~地域社会とともに~
工学技術の視点から福祉機器の開発の可能性を探り、臨床や使用者の生活に役立てたい。 中川 昭夫 総合リハビリテーション学部 教授

義足の概念を大きく変えた「インテリジェント義足」

中川 昭夫 総合リハビリテーション学部 教授

中川 昭夫 総合リハビリテーション学部 教授

もし事故や病気で足を失ったとしたら・・・。誰もが嘆き悲しむだろう。けれど暗い闇の中で少しでも自らを受け入れたとき、希望の光になりうるのが義足の存在だ。中川昭夫教授はこの義足のスペシャリスト。工学部出身のエンジニアとして、兵庫県リハビリテーションセンターに就職。以後37年にわたり、義足を中心に福祉機器の研究・開発に携わってきた。「私が勤め始めた頃の義足は機械式で、体重移動により同じスピードで“単調に歩く”というものでした。そこに“うまく歩ける”という概念を取り入れたいと、義足にコンピューター制御技術を組み込む研究を始めたのです。目の前の患者さんに教えられながらの日々でしたね」とふり返る。

試行錯誤を重ねて生まれたのが、膝上切断者用の「インテリジェント大腿義足膝継手」。試作の初期は、大きく重い電子基板を2枚要したが、コンピューターの進化に伴いワンチップマイクロコンピューターが義足の中に搭載されるようになった。その歩行について、「従来の義足は、一緒に歩く人のスピード変化に合わせられず、相手に気を遣わせてしまう。でもインテリジェント義足なら、自由な速度で歩くことが可能で、気がねせず自由に外出が楽しめる。そんな話をよく聞きます」と中川教授。スムーズな歩行は、心まで軽やかにするようだ。

インテリジェント義足のメリットはまだある。「例えば、従来の義足を使う20歳の若者の体力は、60歳の健常者と同じです。インテリジェント義足で早く歩くと体力もアップするし、トレーニングによっては走れるようにもなるんですよ」。同年代の健常者、あるいは切断前と同じ体力に近づける点からも、画期的な義足なのだ。

インテリジェント義足は1993年に製品化され、日本の大腿義足使用者の1/3~1/4がこの義足を使用するという。こうした功績から中川教授は2001年、義肢の分野で著名なブラッチフォード賞を受賞。世界で4人目、日本人として初の栄冠に輝いた。

福祉機器の開発に大切な“技術移転”の考え

中川 昭夫 総合リハビリテーション学部 教授
赤外線の研究室
工作機械

インテリジェント義足のほか、中川教授が取り組んだ福祉機器は数多い。例えば、脳卒中の後遺症で半身まひが残る人のための「上肢リハビリ支援ロボット」の開発。健常な腕を動かすことで、麻痺側の腕に取りつけた人工筋が連動して腕を動かし、患者自身がリハビリをできるもので、製品化が進められている。「こうした機械の力を借りることで、リハビリの到達ゴールが高くなるケースもあるでしょう。それに、リハビリ業界の人材不足を補う手段の一つになります」

また「筋電義手」は、切断した腕に残った筋肉を意識的に収縮させた時の電気信号を読み取って、義手の動作をコントロールする。「世界的に広く使用されている義手なのに、日本では制度面の問題もあって普及していません。技術的なバックアップなどを通して、普及に努めているところです」

昨年度は、音声認識で操作ができるデジタルカメラの研究が、三菱財団社会福祉事業・研究助成に採択された。「対象は脊髄損傷などで手が不自由になり、カメラは持てるけれどシャッターを押せない方。メーカーは、コンピューターとマイクの技術を所有しているので、音声認識システムさえあれば製品化が可能です。ユニバーサルデザインやバリアフリーデザイン的な考え方から、すべての人が使いやすいデジカメのかたちを提示して、企業を刺激したいですね」

福祉機器を工学の視点から開発するポイントは、“技術移転”と中川教授は考える。「最先端技術を導入して、ハイレベルの福祉機器を目指す手法もあるでしょう。でも私は、他の分野にある技術を福祉機器にも使えないか、しかもコストや制度も考えて、できるだけ簡単な技術でこれまでの性能やリハビリの限界を超える方法を探ることも大切だと思います」。より多くの人により大きな福祉機器の恩恵を。これが中川教授の変わらぬ願いだ。

理系の発想のできる作業療法士・理学療法士を育成

中川 昭夫 総合リハビリテーション学部 教授
中川 昭夫 総合リハビリテーション学部 教授

総合リハビリテーション学部・医療リハビリテーション学科で教鞭をとる中川教授。「義肢装具学」「身体運動の物理学」「作業活動学実習」などが担当科目だ。「人間の体は筋肉が動いて関節が動くように、物理学的に動く部分があります。そうした原理を理解して理系の発想もできる理学療法士や作業療法士になってほしい。臨床の現場で人の手も重要ですが、患者さんの最大限の回復のために福祉機器をプラスすればここまでカバーできる、という知識や推測を備えた療法士を育てたいですね」

また、長年臨床で活動した経験から、「例えば義足をエンジニアリング的に作るのではなく、使用者の生活スタイルや生活環境を知って初めてわかることがあります。療法士も現場で、一人ひとりをその背景とともに見つめる目線が求められています」と強調する。実学重視の同学科のカリキュラムも、その一助になるのでは、と中川教授。「机上だけでは理解しにくいことも、豊富な実習でカバーできます。学生たちのやる気に応えていきたいですね」と指導者としての意欲もみせる。

中川教授は今、高齢者をターゲットとした新たな義足の開発に挑む。「たとえば義足のトレーニング中、若い方が転んでも『倒れ方を練習して下さいね』で済むかもしれませんが、高齢の方が倒れると骨折の危険が高い。しかも、高齢の方にはインテリジェント義足が適応しにくく、かといって従来の義足では体力レベルが下がります。それらを解決する義足を作りたいですね」

オンはもちろんオフタイムも「ものづくりに関わっていれば機嫌がいいんです」と笑う中川教授。福祉と工学を結びつけた第一人者の新たな“作品”が待ち遠しい。

プロフィール

1974年神戸大学工学部生産機械工学科卒業。2007年神戸大学大学院医学系研究科博士後期課程修了。博士(保健学)。74~93年社会福祉法人兵庫県社会福祉事業団玉津福祉センター兵庫県リハビリテーションセンター義肢装具開発課研究員、93~05年社会福祉法人兵庫県社会福祉事業団総合リハビリテーションセンター福祉のまちづくり工学研究所主任研究員兼研究第四課長を経て、05年神戸学院大学総合リハビリテーション学部医療リハビリテーション学科教授に就任。工学技術を福祉機器に導入し、理学療法や作業療法の臨床に役立つ技術、使用者に喜んでもらえる技術の開発に取り組んでいる。

主な研究課題

  • 義肢装具など福祉用具の開発
  • 福祉用具を使用するための訓練評価システムの開発
  • 動作分析、歩行分析
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