2010年12月
独自の「そば学」を追究し、日本人が長く健康に生きられる食文化を提唱したいin Focus

神戸学院大学のSocial in ~地域社会とともに~
独自の「そば学」を追究し、日本人が長く健康に生きられる食文化を提唱したい。 池田清和 栄養学部・栄養学科 教授

世界のそばの「栄養」と「美味しさ」を解析

池田清和 栄養学部・栄養学科 教授
池田清和 栄養学部・栄養学科 教授

日本独自の食文化だと思っていたそばが、「実はイタリアやフランスなど、ヨーロッパ各国の伝統食でもある」と聞いてビックリ。現在もそば粉のパスタやそば米洋風粥などが現地で一般的に食べられているという。「そもそも、『そば』の起源地は中国。最も古いと思われる祖先種が20年ほど前に雲南省で発見されました。それが東進して日本へ、西進してヨーロッパにも伝わったようです」と池田清和教授。ヨーロッパには最初、免税品として伝わったため、安くて美味しい食糧として広まり、まず旧ユーゴスラビアや、ハンガリー、チェコ、ポーランド、白ロシアと言われる地域に定着。「その後、長い時間を経て17世紀ごろにイタリアやフランスにまで伝わっていったようです。ゲーテが1817年に刊行した書物『イタリア紀行』や、アンデルセンの童話にもそばの話やそば畑が登場します。日本でそばが食されるようになったのは2000年ほど前のこと。またそばを粒食(そば米)でなく粉食(麺)で食べる文化ができたのは、史料によると織田信長の時代のようです」。そばの話を始めると池田教授の話題は世界を駆けめぐり、「目からウロコ」のエピソードに思わず引きこまれてしまう。

池田教授がそばの研究を始めて40年近い。「最初は米の研究をしていたのですが、神戸学院大学に着任後、それまであまり研究されてこなかったそばに注目し、その『栄養』と『美味しさ』という二本立てで研究を始めました。かつての食品学では栄養面の研究のみが重視されていましたが、実は美味しく食べることも人の健康に深くかかわっています。私はそばの栄養や美味しさを分子レベルで究明したいと思っています」。

そばは飽食の時代にふさわしい健康食


池田教授は「栄養面」に関する研究の成果として、そばは飽食の時代にふさわしい健康食だと断言する。「そばは栄養価が非常に高いにもかかわらず消化性が悪いのです。そばには消化を阻害する因子があることを世界で初めて発見しました。またそばのタンパク質自体も非常に消化しにくい構造になっていることがわかってきました。これまでは消化が悪い食べ物は体に良くないと言われてきましたが、エネルギーオーバーになりがちな時代には、食べたものがすべて吸収されるより排泄されるほうが健康に良いのです」。またそばには意外にもポリフェノールが多く含有されているという。「そばの全層粉(収穫されたままの実を挽きぐるみにしたそば粉)の場合、一食分で赤ワイン一杯分(300~400ミリグラム)ものポリフェノールが摂取できます。また、そばは米で言う「ヌカ」の部分も一緒に食べるため、ミネラルやビタミンも摂取できます」。

いっぽう、そばの「美味しさ」の研究では、江戸風の伝統的なそば打ちを継承する著名な職人の協力を得て、美味しさを生み出すそば打ちの技術を科学的に検証する実験も行った。「電子顕微鏡や機器分析などを駆使して得られた分子レベルのデータによって、現代的な製粉機より石臼で挽いたそばが美味しい理由が立証されました。美味しいそばは分子レベルで何が起きているのか。今後もその解明に取り組んでいきたいと思います」。

そばパワーを世界に発信し、幸せな長寿社会を

池田清和 栄養学部・栄養学科 教授
池田清和 栄養学部・栄養学科 教授

池田教授は今、日本の伝統食としてのそばの価値を見直してもらおうと、硬軟取り混ぜた多様な積極的活動を行っている。最も注目しているのが子どもたちの給食だということで、「伝統的な麺だけでなく、そばのクレープや洋風パスタ・ドーナッツなどの給食メニューを提案しています。今の日本でカレーライスに人気があるのは、学校給食の影響。そばをぜひ子どもたちの学校給食に導入し、その味を舌に覚えさせて一生の好物になるような食育をしてほしい」。1960~70年代の日本人の脂肪エネルギー比率(摂取エネルギーに占める脂肪由来のエネルギーの割合)は平均10数%ほどだったが、今は要注意域となる30%を超える人は、女性で28%、男性で21%もいる。「増加しつつある生活習慣病を予防するためにも、私たち日本人が築いてきた伝統的な食文化を取り戻すことが大事です。もちろんそばアレルギーに対する十分な注意も必要ですが」。

今年7月には神戸市須磨区で開催された「第6回日本そば大学講座(須磨学舎)」の学長にも就任した。これは全国から集まったそば打ち愛好家が、そばに関する知識やそば打ちの技術を学び、検定試験を受けて段位を取得するという講座。池田教授自身も、そばに関する科学的知識の講義を行ったという。

池田教授はさらに海外におけるそばの栽培事業などにも支援を惜しまない。「ミャンマーで、麻薬の原料となるケシに替わるそばの栽培を推進する事業に関わっています。そばの特徴や食べ方などを事業関係者に伝授した結果、事業が順調に進み、ミャンマー産のそばは、今私たちの食卓にのぼるようになってきています」。 

独自の研究成果を土台にした「そば学」を掲げているだけに、池田教授自身も、もちろんそばの大ファン。「煎った市販の苦そば茶を少し焼酎に入れて飲むと、香ばしい香りがして、とても美味しいですよ」と、そばの知識に加えて、意外とも言えるそばの楽しみ方も教えてくれた。

プロフィール

1972年、京都大学大学院農学研究科・農芸化学(栄養科学)修士課程修了。72年に神戸学院大学に着任。87年、京都大学・農学博士。京都大学大学院農学研究科・非常勤講師。2007年、国際蕎麦学会(IBRA)学会賞を受賞。同年8月から、同学会学会誌の編集長。テレビ・ラジオ・新聞などのメディアや、アジア・欧米の大学・研究機関での講演などを通じてそばの魅力を発信している。

主な研究課題

  • そばの品質特性の解析
  • そばの栄養特性・嗜好特性の解析
  • 食品成分の栄養機能・嗜好特性の解析
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