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  5. 2008年7・8月 トモニイコウ。ヴィッセル神戸とのパートナーシップ
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《特別対談》
栗原圭介選手(トップチーム)×嘉味田隼選手(ユースチーム)

夢に向かって、トモニイコウ

ヴィッセル神戸トップチームの中心選手の一人として活躍し続ける栗原圭介選手と、神戸学院大学附属高等学校2年生で、ユースチームで頑張る嘉味田隼選手。世代や経験も大きく違うお二人に、高校生活やプロとしての心構え、将来への夢や希望など、サッカーに関するさまざまなことについて熱く語っていただきました。

サッカーとともにある、高校生活の風景。

栗原選手:
「高校の時は相部屋で、
8帖くらいの部屋に4人で寝ていた(笑)」
嘉味田選手:
「両親は、特には反対しませんでした。
お前がやりたいようにやれという感じで。」
― 嘉味田選手のポジションはゴールキーパーですが、最初から希望していたのですか?
嘉味田選手:
いいえ。小学校3年生の時に、所属のサッカーチームの監督に無理矢理、ですね(笑)。やはり、最初はフィールドプレーヤーになりたいと思っていました。でも、未熟だった技術が上達してうまくなっていくと、中学校に入った頃にはキーパーしかない、と思ってプレーするようになりました。
― 栗原選手がサッカーを始めたのはいつですか。
栗原圭介選手(トップチーム)
栗原選手:
僕が小学校3年生くらいのときに漫画の「キャプテン翼」の影響でサッカーがちょうど流行り始めていて、友だちと遊びでしていました。5年生の時に友だちに誘われて地元のサッカークラブに入ったんです。本格的にサッカーをやり始めたのはそれからですね。
― 嘉味田選手は、ヴィッセル神戸のユースチームに入るため、和歌山県から単身で出てきて、神戸学院大学付属高校に通っているとお聞きしています。
嘉味田選手:
そうです。今は、ヴィッセル神戸の寮で生活しています。普段は、6時半に朝ご飯を食べて7時半頃に登校して、授業が終わった5時半からだいたい8時くらいまでがユースの練習時間となっています。練習が終わったら寮に帰るという生活ですね。最初は、中学時代にしていた練習とユースでの練習とはやり方が違っていたので戸惑いました。でも、2年生になって後輩ができてからは、練習に対する意識も高まってきていると感じます。
栗原選手:
ユースチームに入って高校にも行くことができて、寮にも入って、すごく恵まれた環境でサッカーができてるっていうのは素晴らしいことですよ。僕は今までいくつかのクラブに所属してきたけれど、これが当たり前では無いんだよね。ヴィッセル神戸は、ここ数年で嘉味田君みたいな将来有望な人材を受け入れる体制もきちんと整えてきてるので、組織として充実してきているクラブのひとつなんじゃないかと思いますね。ところで、嘉味田君は、洗濯してる? 部屋は相部屋?
嘉味田選手:
洗濯はちゃんとしています。寮の部屋は一人部屋ですね。
栗原選手:
一人部屋!?いいね!僕の場合、中学校までが埼玉県の学校に通っていて高校は神奈川県だったので、高校の時は嘉味田君と同様寮生活を送っていました。僕が高校の時は相部屋で、8帖くらいの部屋に4人で寝ていたよ(笑)。とにかく、生活環境に慣れるのが大変。親と離れての生活は初めてだったし、相部屋暮らしなので常に周りに人がいたし、練習に行っても同じ部屋の仲間がいるわけで(笑)。高校のサッカーに慣れるというより、生活環境に慣れるのに苦労しましたね。ご両親は、ユースに進むことに反対しなかった?
嘉味田選手:
両親は、特には反対しませんでした。お前がやりたいようにやれという感じで。中学2年生の時に県のトレセン(トレーニングセンターの略)に入っていて、中学3年生の時に最初に声をかけてくれたのがヴィッセル神戸だったんです。ユースに入った方がプロになりやすいと考えて、こちらにお世話になることにしました。

プロとしてのあるべき姿とは。

嘉味田選手:
「勝った時に見に来ていただいた方に挨拶はしていますが、
負けた時には・・・できてないですね。」
栗原選手:
「強いプロ意識みたいなものに目覚めたのはここ何年かの話。
20代半ばまでは、本当の意味での「プロ意識」は持てなかったですね。」
― 嘉味田選手から、プロとして活躍する先輩質問はありますか?
嘉味田隼選手(ユースチーム)嘉味田選手: 僕は、膝の半月板に亀裂が入って去年の9月の終わり頃に手術をしたのですが、再度亀裂が入ったので今年の3月に再び手術をしました。その後、ずっとリハビリをしていて、この間やっと復帰したばかりで体調は万全じゃありません。今でもリハビリをしながら練習しています。栗原さんは今まで、大きな怪我をされた経験はありますか?
栗原選手:
骨折2回と手術を2回、経験したことがありますね。高校生の時は大きな怪我はしなかった。僕の通っていた高校のサッカー部は、当時としては珍しくパスサッカーをやっていて、たくさん走るというより技能を磨く感じだったからね。嘉味田君はけがをしてリハビリ中だっていうけれど、今はどんなトレーニングをやっているの?
嘉味田選手:
トレーナーの方が作ったメニューに沿ってやっています。周りのみんなも、そうですね。
栗原選手:
今の高校生って、すごい。自分の体に対する意識が高いですね。ユース育成の考え方がきちんと浸透している結果なんでしょう。それに比べて、僕の高校の時なんか、何もしてなかった。サッカーさえ上手けりゃいいんだろ、という感じで(笑)。でも、結局、自分でいろいろと考えられるようにならないと伸びない。ブラジルの若い選手なんかは、普段は陽気などこでもいる若者って感じだけれど、いざという時はちゃんと自分の意見を主張する。それはとても大事ですね。自分の考えを持って主張できるようになるとプレーも伸びていくんです。普段の練習やストレッチに関しても自分なりに工夫するとか意識を高めて取り組んで欲しいです。僕は骨折したとき、もう一度体を作り直そうと、トレーナーと相談しながら自分に合ったトレーニングを行いましたね。そういう努力は、どんどんやっていかないと。35歳の僕がやれるんだから、16歳の嘉味田君ならもっと伸びると思うよ。
栗原圭介選手(トップチーム) 写真右― 栗原選手は、そういう意味で、何事も率先してやっておられる印象があります。ファンサービスなどもそうだと思います。例えば、試合前に必ずサポーターの近くまで行って挨拶をしておられますよね。
栗原選手:
そうですね。芝のコンディションを確認するためにグラウンドまで出て行っていたら、あるときサポーターが拍手をしてくれたんです。それから、芝の具合を見に行くときにお客さんの近くまで行って、挨拶しながら一周まわって帰ってくるようになったんです。今では、グラウンドに足を踏み入れる前から拍手が起こる(笑)試合前は選手各自で集中の仕方が違うからみんなで挨拶はできないけれど、試合後は感謝の気持ちを込めて、みんなでサポーターに挨拶をしに行きます。みなさん、本当に喜んでくれるんですよね。
嘉味田選手:
僕は、勝ったときに見に来ていただいた方にみんなで挨拶はしていますが、負けたときには・・・きてないですね。僕自身は実際にサポーターの方に挨拶しておられる栗原さんの姿を拝見したことはないですが、そういう部分のプロ意識はすごいと思います。
栗原選手:
僕も、本当の意味でプロ意識みたいなものに目覚めたのはここ何年かの話。30歳前までそこまで強くは持てていなかったから(笑)。ただ、若いうちから常にサポーターの存在を意識して行動できたら素晴らしいと思うよ。
― 神戸という街や、神戸のサポーターに関してはどのような印象をお持ちですか?
栗原選手:
神戸に関してはとても住みやすい、いい街だと思いますよ。山と海があって街はきれいだし、何でもそろっているでしょう。大好きですね。サポーターの存在はありがたいですよね。ブーイングなんかも愛情があるからするわけで、そういった気持ちに応えるためにも僕たちは勝つように最大限の努力を常にすべき。応援してくれている人たちがいて、チームとして成り立っているわけだから。そういう部分にこの年になってようやく気付いて、感謝の気持ちが芽生えてきたからこそ試合前に挨拶をしようという行為も自然にできるようになったと思います。僕は、毎回100%の力で試合に臨むよう心掛けてます。そうして常に全力を出し切っていれば、たとえ負けたとしても自分でも納得できるしお客さんも分かってくれると信じています。気持ちって、必ず伝わるものだと思うから。
― ヴィッセル神戸が地域貢献活動の一環で行なっている「夢で逢えたら」※という特別授業に栗原さんも参加しておられますが、どのような感想を持ちましたか?
栗原選手:
僕は、年に2、3回小学校に訪問しましたが、学校によって子どもたちの反応が違うので面白いですね。“夢を語り合う”というコーナーがあるんですが、僕がサッカー選手になった経緯なんかを話して子どもたちに将来の夢を聞くと、恥ずかしがってなかなか答えてくれない学校もあるし、逆に「はいはい!」って、すごく積極的に答えてくれる子たちばかりの学校もある。この間訪問した小学校なんて、一人ひとりの発表が終わる度にクラスメイトが大きな拍手をするんです。みんなで盛り上げて行こうという雰囲気があって、ちょっと感動しました。僕たちプロの世界でもそうだと思うんですよ。チームの中で率直な意見を受け入れる雰囲気があれば、どんどんいい意見が出てきてチームがよい方向に向かっていけるんじゃないですか。だから、そういう意味でも、子どもたちに大切なことを教わっているという感じです。
嘉味田選手:
僕が小学生の時にそういうプロの選手が来てくれていたら、その後の人生が変わっていたかもしれないですね。

夢のために、今できること。

嘉味田選手:
「まずはプロになって、一度は海外でプレーしたいです。」
栗原選手:
「目の前のゲームに集中してプレーしていきたいですね。
何年できるかっていうことは、その後についてくるものだから。」
嘉味田隼選手(ユースチーム)【写真左】 栗原圭介選手(トップチーム)【写真右】― 将来の夢をお聞かせください。
嘉味田選手:
まずはプロになって、一度は海外でプレーしたいです。特にどこという希望はないのですが。
栗原選手:
すごいね。僕が16歳の時なんて、なにも考えてなかったな(笑)。僕たちの頃はJリーグもまだないし、まず、プロという発想そのものがなかった時代ですから。大学を卒業するくらいにJリーグができましたからね。
嘉味田選手:
Jリーグがスタートした年が、僕が生まれた年ですね。Jリーグとともに成長して来た感じです。
栗原選手:
僕の場合は大学生の時に初めて「プロ」を意識しました。卒業後そのままプロに進んで、それなりにプロ選手としてやって来られた。いい意味で恵まれていたと思います。転機が訪れたのが28歳の時。その年に所属していたチームを解雇されて、そのまま選手を続けるかコーチの道に進むか迷いましたね。初めて、サッカーについて真剣に考えました。その時に、今までサッカーを突き詰めきれていない自分に気がついて、プロの選手としてプレーを追及したいという思いが湧いてきた。その時の気持ちが、今の自分を支えていると思います。嘉味田君も、海外でプレーしたいならもっと体を大きくするにはどうしたらいいかとか、セービングの時にもっと腕を伸ばすにはどうしたらいいとか、自分で考えて今からトレーニングしておかないと。自分で考えて、意識してトレーニングするのとしないのとでは、伸び方が違うと思う。
嘉味田選手:
けがをしている時は、ずっとサッカーをしたいと思っていました。現時点で完全に復活しているわけではないですが、今、サッカーができていることに感謝して、自分を支えてくれている両親やヴィッセル神戸、神戸学院大学附属高等学校など僕を取り巻く人たちに感謝して、一日一日を大切にがんばりたいと思っています。
最後はお互いの健闘を願ってがっちり握手

最後はお互いの健闘を願ってがっちり握手

栗原選手:
そういう風に考えられるって素晴らしいね。僕も目の前のゲームに集中してプレーしていきたいですね。何年できるかっていうことは、その後についてくるものだから。嘉味田君がトップに上がってくる頃に現役を続けていられるかどうか分からないけど、ぜひ上がって来て一緒にプレーしたいですね。それから、海外への夢も実現させて欲しいと思います。楽しみですよね。−−−なんだか、気持ちが彼のお父さんみたいになってきた(笑)。本当に、がんばってください。

※学校訪問「夢で逢えたら」
ヴィッセル神戸の選手が小学校を訪問し、将来の夢について語り合うプロジェクト。2003年2月から始まって神戸など5市の約75校で実施。

Profile

栗原 圭介 Keisuke Kurihara
ポジション:MF
1973年東京都生まれ
5チームを渡り歩いた苦労人で、誰よりもサッカーに真摯に取り組む姿は若手の見本。7月12日にアウェーで行なわれた対清水エスパルス戦では、唯一のゴールとなる決勝点をたたき出しチームの勝利に貢献した。
嘉味田 隼 Jun Kamita
ポジション:GK
1993年和歌山県生まれ
1メートル82の恵まれた体格を生かした守備には中学時代から定評がある。U-16日本代表にも選ばれた、今後の日本代表GKを担う逸材。
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